オンラインSPA企業で、サンフランシスコ発のエバーレーン(EVERLANE)が、いよいよデニムを本格的にスタートする。ITを駆使し、製造にかかるコストを透明化する一方、高級ブランドと同品質のベーシックアイテムを低価格で販売する戦略で、ミレニアル世代の心をつかみ、2010年の創業以来急成長を続けてきた。日本製の高品質な素材を使った1本68ドル(約7600円)のデニムはまたたく間に売れ、今では5万人近くが入荷待ちをしている。マイケル・プレイズマン(Michael Preysman)最高経営責任者(CEO)の目に、いまファッションリテールとスタートアップ企業はどう映っているのか。その未来について聞いた。
WWD:デニムの取り扱いはなぜ、このタイミングになったのか。
プレイズマン:初めに販売したのはTシャツで、その後はネクタイ、スエットシャツ、バックパックとアイテムを増やしてきたけど、もし時間を巻き戻せるなら、デニムは2番目に販売するだろうね。でも、当時はMD戦略よりも、僕らが求める基準を満たす工場を探すことが先決だったんだ。今は会社の規模が大きくなったので、より戦略的に商品開発ができるようになった。デニムは結局、クリーンなデニムを作れるベトナムのサイテックス(SAITEX)社に出合うまでに2年近くかかってしまった。
NYとサンフランシスコに“試着ショップ”
WWD:偶然だとしても、プレミアムデニムブームが再燃しているタイミングなのはラッキーでしたね。
プレイズマン:まあね。3~4年前はヨガウエアがトレンドで、デニムもストレッチが主流だったけど、ここ1年はオーセンティックなスタイルに変わった。でも実は僕らは洗いをかけたオーセンティックなスタイルよりも、ノンウォッシュタイプとブラック、ホワイト、というかなりベーシックなデニムを出したかったんだ。でも、顧客がオーセンティックなデニムを欲しがっていたので、ウォッシュをかけざるを得なかった。ただ、それ以上に重視したのは、可能な限り“ミニマル”で“クリーン”であること。だからロゴについては長い間議論した。結局のところ、ロゴはなしになった。“ミニマル”を追求したためさ。
WWD:デニムの販売戦略は?
プレイズマン:サイトにはさまざまな体形の女性の着用画像を用意した。それにいろいろ試したけれど、デニムははかないとフィット感が分からないから、返品率を下げるために試着できるリアルな場所である“デニムカウンター”をサンフラシスコとニューヨークに作った。デニムは最重要カテゴリーだから、今後数年をかけて他の都市にもカウンターを増やしていく。
創業以来の最大の変化はインスタグラム
WWD:11年に「エバーレーン」をスタートして、ECで大きく変わったことは?
プレイズマン:「インスタグラム(INSTAGRAM)」の登場じゃないかな。インスタグラムの登場で、ビューティ業界で大成功を収めたカイリー・ジェンナーのような強力なインフルエンサーが、個人で新しいブランドを立ち上げて成功する事例を目にする回数が増えた。インスタなどのSNSが、消費者が商品を知る手段として大きな力を発揮している。その面ではわれわれも強化する必要性を感じている。ただ、5年前くらいに「ピンタレスト(PINTEREST)」や「インスタグラム」を使って、コンテンツとeコマース、そしてリアル店舗をミックスしようとする大きな流れがあったけど、僕らは手を出さなかった。いま成功している企業がないことを考えると、その判断は正しかったね。今はそれがスマホのアプリだよね。だけどそれだけじゃ正解じゃない。大事なのはむしろ発送スピード。今後は、顧客が“発見”する体験をどれだけ増やせるかということと、利便性のさらなる向上がカギとなると思う。
WWD:消費者が商品を知る過程についてもう少し詳しく。
プレイズマン:いまは多極化している。インスタグラムの力が大きいのは間違いないが、年代でだいぶ違う。より上の層は僕らのことをニュースで知るだろうけど、もっと若い人は友だちを通して知る。彼らは(SNSを通じて)四六時中話し合っているようなものだから。
WWD:顧客とともに成長するつもり?
プレイズマン:それは意識しない。その面だと「ジェームス パース(JAMES PERSE)」は、いい見本だね。彼らの顧客はオーナーであるジェームスと一緒に成長している。かつてはTシャツを着ていたけど、今はとてもいい家具が欲しくなっているんだ。本当に変わったよね。そのために常に若く新鮮で、そして時代の空気とマッチしている必要がある。でも僕らはそうじゃない。
「“透明性”は流行じゃない。普遍的な価値観だ」
WWD:「価格や製造の透明性」は次の流行になる?
プレイズマン:はやり廃りじゃなくて、普遍的な価値観だと思うよ。しかし、完全に開示できる企業は少ないし、他企業が製造価格を開示することは難しいだろう。製造過程を開示する企業が増えてきたことは良い傾向だけど、どれだけ安全性を謳っても、実際の製造過程を見せなければ疑念は常につきまとう。写真を公開することは効果的だけど、それでも実際に現地へ行けるわけではない。本質は顧客とどれだけ信頼を築くことができるかにかかっている。その意味でパタゴニアの取り組みは素晴らしい。僕らだって5年程度で顧客との信頼関係を築くことは難しい。最低でも10~20年くらいはかかるんじゃないかな。大事なのは継続することだと思う。
WWD:製造業がアメリカに戻ってくると思う?
プレイズマン:それはない。アメリカに戻るという発想には多くの人が肯定的で、3年前にはその動きも見られた。けど、現実には2万枚のドレスシャツを作るのは難しい。基本的に素材はアジアやイタリアで作られているから、自然とサプライチェーンがその周辺に構築されている。アメリカにそうしたインフラを再び構築するのは不可能だろう。
WWD:海外生産に対する偏見はなくなり始めている?
プレイズマン:そうだね。僕らもそのことに貢献できていればと思う。前に一度アメリカで生地を調達しようと思ったけど、最悪だった。だから中国に行ったんだ。われわれのウェブサイトを見れば分かるけど、中国の工場だってとても清潔だし、きちんと従業員を処遇している。
WWD:今後の展開は?
プレイズマン:デニムの発売が最大のイベントだったから、今後これ以上大きなアイテムは出てこないよ。これからはどうやって深掘りしながら継続的に成長していくかだ。
WWD:ベンチャー投資家の目から見て、いま魅力的なスタートアップ企業とは?
プレイズマン:エバーレーン設立時は、ファッション市場はかなり低迷していた。その後、ギルト(GILT)などのフラッシュセールを行う小売企業がいくつか出てきたけど、それも落ち目になって、そういった業態は警戒されている。今は少し活気づいてきたけど、どちらかというと消費財を取り扱う企業が好まれる。投資会社サイドからしてみると、ファッションというジャンルはいまだに理解が難しい分野のようだ。誰もが安全なところに投資したいからね。