エリック・バンH&Mファウンデーション=プロジェクト・マネジャー(左)とエドウィン・ケー香港繊維アパレル研究開発センター最高経営責任者
H&Mの創業家が設立した非営利団体H&Mファウンデーション(H&M FOUNDATION)と香港繊維アパレル研究開発センター(以下、HKRITA)は、「循環型アパレル・リサイクル・エコシステム・プログラム(Closed-Loop Apparel Recycling Eco-System Program)」の中で、混紡布地を科学的熱水処理で品質を保ちながら新しい布地や糸にリサイクルできる技術開発に成功し、実用化に向けた研究が続いている。これは、“服から服へ”という「100%循環型ファッション業界」の実現に向けた大きな前進だ。九龍湾が見渡せる香港の研究所の一室で、H&Mファウンデーションのエリック・バン(Erik Bang)=プロジェクト・マネジャーと、HKRITAのエドウィン・ケー(Edwin keh)最高経営責任者(CEO)に聞いた。
WWDジャパン(以下、WWD):繊維リサイクルの実現のためにHKRITAと4年間のパートナーシップを結び、580万ユーロ(約7億5000万円)を寄付してプロジェクトに取り組むことになった。HKRITAを選んだ理由は?
エリック・バンH&Mファウンデーション=ジェネラル・マネジャー (以下、エリックH&MF): 最初に着手したのは、テキスタイル(繊維製品)のリサイクルの問題を解決するための、リサーチプロジェクトの立ち上げでした。世界中でパートナーを探し続け、最適なパートナーであるHKRITAに出合うことができました。私たちは、テキスタイルのリサイクル問題を早急に、そして最大限の効果をもたらす方法で解決したいと思っていました。熱意や将来のビジョンに関してもお互いにマッチしています。
エドウィン・ケーHKRITA最高経営責任者(以下、エドウィンHKRITA):実は最初はH&Mファウンデーションではなく、H&Mとの取り組みから始まりました。小さな繊維染色のプロジェクトで、その流れでH&M ファウンデーションを紹介してもらいました。サステイナビリティは、私たちの研究開発においても重要なテーマです。業界において、透明性があり、さらにサステイナブルで環境に優しい方法を探したいと考えてきました。私たちのゴールは、研究で終わらせるだけでなく、開発した技術を実際にアパレル産業で活用できるようにすることです。H&Mはファッション業界に大きな影響を与えることができるスケールがあり、その観点でも最適なパートナーだと思います。
WWD:HKRITAはエキスパートの集まりで、業界に非常に精通していると思いますが、他の研究機関との違いや特徴を教えて下さい。
エドウィンHKRITA:私たちは応用研究機関です。私たちのミッションは、基礎レベルのリサーチをするのではなく、市場で活用できる技術を開発することです。特に香港は、テキスタイル業界の中でも中心的な場所で、断トツにグローバル化が進んでいます。世界中の人々とビジネスする機会に恵まれ、さらに、科学的な側面とビジネス的な側面、両方に取り組むことが可能です。
WWD:中国はもちろん、インドネシア、カンボジア、ミャンマーなどへとファッション生産地のグローバル化が進む中、香港の役割はどのように変わりましたか?
エドウィンHKRITA: 1970年代、香港はどの国よりも多く衣料品を生産していました。けれども、現在では一切生産していません。その代わりに香港を拠点にして、世界中の衣料品の製造を管理・経営をしたり、工場を所有しています。そういう意味では、世界中の衣料品の生産の20%は、香港が拠点となっています。さらに香港政府とファッション業界がタッグを組み、製造だけにとどまらず、クリエイティブなイノベーションを起こすことを目指しています。世界中からファッション産業に携わる人々が香港に集まっており、H&Mも大きな運営組織があります。
WWD:HKRITAの他の研究事例や取り組みを教えてください。
バイオ加工による混紡繊維の分解マシン
「H&M」製のさまざまな混率のコットンとポリエステルの混紡繊維を分解。ポリエステルは繊維への再生が可能に
熱水処理分解マシン
熱水処理をすると綿繊維は分解されるが、ポリエステル繊維の95%以上は品質を損なわず直接再使用できるのがポイントだ
エドウィンHKRITA:他の研究機関とのもう一つの大きな違いは、私たちは世界で起こっている「本当の問題」を解決したいと思っているということです。生物学的な問題、化学的な問題、さらにはビジネスやロジスティクスの問題など、さまざまな分野に入り組んだ問題があります。問題解決するには、リサーチし、いろいろな分野のプロフェッショナルや団体などとコネクションするのが近道です。バイオロジカル(生物学的)な研究としては、(甲殻類の殻など)食べ物の残骸・ゴミから繊維を作り出す研究をしています。スピニング・テクノロジー(紡績技術)では、コットンの繊維を柔らかく感じられるようにする技術を創出しました。「ユニクロ」のウィメンズのTシャツは、リーズナブルで手触りも良いのですが、全てこの技術の繊維で作られています。コットンを通常の価格以上の質に引き上げ、製造の時間も短縮でき、生産量も増やすことができます。また、2年前、風合いを計測する新しい機械を開発し表彰されています。従来は日本の「KAWABATA EVALUATION SYSTEM」しかなかったのですが、とても複雑な仕組みで、1枚の布を計測するのに1日かかり、しかも研究室で計測する必要があります。私たちの機械では、研究室に限らず、どこでも、たった3分で計測できるようになりました。同時期に、セルフクリーン機能、殺菌作用のある繊維も開発しました。コーラやコーヒー、ワインなどの汚れを自ら洗浄する繊維で、照明の下に置くと、繊維自ら汚れを落とすものです。これらの布地は、ペニンシュラホテルのユニフォームとして使われ、マンダリンオリエンタルホテルでもテストをしています。他にも、高齢の方に向けたコンプレッションによる血流を良くする靴下や、GPSのように居場所を見つけ出すトラッキングシステムを取り入れた繊維なども開発しました。アルツハイマーの方などを探し出すのに有効です。老人ホームでの導入が始まっています。歩き方が正しいかなどを測定する靴下なども開発しています。東京オリンピックも近付いていますが、リオ・オリンピックに出たようなトップアスリートも私たちの開発した洋服や靴下などを活用してくれています。
WWD:数々の研究成果が実用化され世に出ているものも多いのですね。H&Mファウンデーションは繊維リサイクルのリサーチプロジェクトを立ち上げてパートナーとしてHKRITAを探し出したということですが、日々、どのようなスタンスで活動に取り組んでいるのですか?
エリックH&MF:毎日努力し、ひたすら良いパートナーを探し求めています。H&Mファウンデーションは2013年に設立してから日も浅く、スタッフも少ない団体です。だからこそ、常にチャンスを見出し新しい解決策を見つけようとしています。私たちは常にファッション業界への影響というものを考えています。できる限り早急に、 プラネタリー・バウンダリー(“地球の境界線”。 人類が将来世代に向けて発展と繁栄を続けられる境界線内)でのサステイナビリティを実現させ、さらには、地球も保護したいと思っています。そのために、私たちは有効なプロジェクトに資金援助をして、実現させ、変化を起こしていきます。さらには、さまざまなプロジェクトをクロスさせることで、相乗効果を生み出したいと思っています。私たちはマッチメーカーのような役割を担っているとも言えます。ここ香港やアジア、本拠地のあるヨーロッパなど、お互いを知らない人たちをつなぎ、パートナーシップを構築することで相乗効果が表れ、プロジェクト間で素晴らしいものを生み出すことができるはずです。パートナーを見つけるために、常に人に会い、取り組みについて説明しますが、それがメッセージをシェアする機会になったり、より多くの人と同じ方向を目指すことにもつながると信じています。今、ファッション業界は変革期、移行期にありますが、恐れることなく課題解決に向かうことはポジティブなことであり、より多くの仕事を生み出し、地球にもビジネスにも利益を生み出すことになります。
WWD:15年にスタートした「グローバル・チェンジ・アワード(Global Change Award)」は、5組に100万ユーロ(約1億3000万円)の助成金を提供する規模の大きさでも話題になっています。初回のアワードを受けた、柑橘類ジュースの製造時に排出されるオレンジ・ファイバーのアイデアが、「サルバトーレ フェガモ」などでも実際に商品化されましたね。
エリックH&MF:これは私たちにとって、実に素晴らしい結果となりました。実際に受賞してから1年も経たないうちに、彼らのアイデアは世界的ラグジュアリーブランドの商品として使われることになりました。過去2回、計10組の受賞者の方々の次なる展開も楽しみにしています。彼らは私たちのインディケーター(指標)とも言えます。業界に影響を与え、変革を起こすことになるかもしれません。ちなみに、オレンジファイバーの取り扱いはまだまだ小規模ですが、確実に拡散はしていますし、もっと多くのブランドで使われるようになると思います。ただし、この素材は決して安くはないですし、対応できる企業も限られますので、もっと手軽に生産できるようにスケールアップしていく必要があります。すでにオレンジ・ファイバーのオーナーは、完全に独立していて、サポートはしますが、当ファウンデーションははいかなる知的財産や権利も所有せず、自由に広げていってもらうことになります。9月13日から10月31日まで、第3回の募集を行います。コンセプトも新しくなり、今年は“廃棄物”“デジタル”“クライメット・ポジティブ”の3つのカテゴリーでアイデアを募集します。日本から受賞者が出ることも楽しみにしています。
エドウィンHKRITA:H&Mファウンデーションとのコラボレーションのユニークなポイントは、創出された研究結果に対して所有権を保持せずに、シェアしようとするところです。私たちの研究室から市場に出るまでには、さまざまな段階があり、長い期間を要することになりますが、H&Mファウンデーションとのパートナーシップにより、時間をかけてじっくりとプロジェクトに取り組めることはメリットです。
エリックH&MF:開発した技術が世の中に出て、ファッション業界全体に影響を与えるには、このようなパートナーシップは最適な方法だと思います。
WWD:H&Mはとてもオープンマインドな企業ですが、実際にこのようなスタンスで環境やサステイナビリティに取り組んでいる企業や団体はどんなところでしょうか?
エドウィンHKRITA:私たちはとても小さな団体なので、パートナーもきちんと選ぶ必要があります。リサーチをする上でキャパシティーが限られているからです。現在は、パタゴニアとパートナーシップを結んでプロジェクトに取り組んでいます。ケリングとも話を進めています。これらは一部にすぎませんが、興味を持っていただける企業に対して私たちはオープンですし、業界自体を改善していきたいと考えています。