ファッション
連載 パリ・コレクション

エッフェル塔を時間外に光らせた「サンローラン」で“常軌を逸した愛”について考える

 9月26日に開かれた2018年春夏の「サンローラン(SAINT LAURENT)」のファッションショーは、ピエール・ベルジェ(Pierre Berge)とイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)へのオマージュを形にしたものでした。ムッシュ・サンローランの生涯のパートナーで、公私ともに彼を支えた実業家のベルジェ氏が亡くなったのは9月8日のことでした。

 会場は、エッフェル塔の目の前にあるトロカデロ噴水前に特設したランウエイ。通りかかった人もショーを見ることができる造りで、座席には、生前にベルジェ氏がムッシュ・サンローランとの関係をつづった言葉が置かれていました。

 「それはたぶん常軌を逸した愛かもしれない。2人の愛は常軌を逸した愛だった――ピエール・ベルジェ」。

 フランス語で書かれていたので、私はその場で理解することはできなかったものの、ベルジェ氏の言葉であること、そして、エッフェル塔前のロケーションは何かを意味していることを予感させるものでした。

 ショーはベルジェ氏とムッシュ・サンローランが愛したモロッコ・マラケシュを想起させるデイリーウエアからスタート。中盤は初披露のウエディングウエア(ドレスではないモダンな提案!)。その後、ムッシュ・サンローランのアーカイブをクリエイティブ・ディレクターのアンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)がアップデートしたドレス群という構成で進みます。

 緊張感のあるピリっとした空気の中でショーは進みましたが、その空気が一変したのは中盤――エッフェル塔が光り始めた瞬間からでした。定刻にしか光らないエッフェル塔が「サンローラン」のためだけにダイヤモンドのように光り続けるのだから、ドラマチックだしロマンチックです。そのエッフェル塔を背景に登場するドレス群もその演出に負けないもの。ムッシュ・サンローランのコードをもとにデザインされたものからは、ヴァカレロ渾身のクリエイションであることが伝わってきます。彼は、ムッシュ・サンローランの築いたメゾンコードはもちろん、前任のエディ・スリマン(Hedi Slimane)が築いた新たなコードもしっかりと踏まえ、ベルジェ氏とムッシュ・サンローランへのオマージュをみごとに形にしました。

 ショーを通じて強く感じたのは、ベルジェ氏が“常軌を逸した”と表現した“愛”でした。

 ムッシュ・サンローランは、タキシードやサファリジャケットといった男性服をエロティックな婦人服に作り変え、イヴニングドレスにも民族服の要素を取り入れ、女性服に革命を起こし続けてきた天才です。モンドリアンの絵をそのままドレスにのせた“モンドリアンルック”も印象的。仕立服がメーンだった時代に、今では当たり前の既製服の概念を持ち込み、女性に新しい装いを次々と提案しました。革新的だったからこそ、メゾンコードはたくさんある。でもその中で核にあるのは、あらためてベルジェ氏とムッシュ・サンローランの愛だということを感じました。

 2人の愛は常軌を逸していたとベルジェ氏は言葉を残しました。常軌を逸するほど愛していたからこそベルジェ氏は、アルジェリアの独立戦争に徴兵され、神経衰弱したムッシュ・サンローラン(当時の体重は40キロを切っていたとも言われています)の才能を信じ、献身的にサポートできたのだと思います。そしてその後何十年も支え続け、ムッシュ・サンローランが亡くなってもなお、彼と築いてきたものを残すことに力を注いでいきました。彼は、2人の子どものような存在であるメゾンを通して、2人の愛を形にし続けたのかもしれません。形として残されたからこそ、ベルジェ氏が亡くなった今も、2人の愛を私たちも感じることができるのではないでしょうか。

 アルジェリアからフランスへ帰国したムッシュ・サンローランは、神経衰弱を理由に「クリスチャン ディオール(CHRISTIAN DIOR)」を解雇されます。そしてその後、ベルジェ氏は無謀だと言われながらも、実業家としての手腕を振るって、アメリカ人の後援者を探し、オートクチュールメゾン「イヴ・サンローラン」を設立しました。

 そこまで人を愛し愛されることの力に、今さらながら圧倒されます。天才ゆえ、繊細で危うさがあったムッシュ・サンローランはベルジェ氏の支えがあったから、歴史に残る数々の洋服を生み続けることができたのだろうし、この2人だったからこそ、成し得た偉業だと感じました。

 前任のエディ・スリマンが「サンローラン」で見せた最後のルックは、ハートのドレスでした。ショーに来場しそれを見たベルジェ氏は立ち上がって称賛したといいます。エディもまた、「サンローラン」を表現する上で、愛は欠かせないと感じたのでしょう。

 10月3日にパリに開館したイヴ・サンローラン美術館に今回の滞在では行くことができなかったのですが、訪れた友人いわく「二人の愛を感じられる素晴らしい空間」とのこと。「むしろ愛の空間でしかない」と。次にパリを訪れる機会にはぜひ訪れたいです。そして10月19日にはマラケシュにもイヴ・サンローラン美術館がオープンしました。2人して恋に落ちたというマジョレル庭園も必見です。マラケシュにもぜひ訪れたいです。

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