ベルギーのアントワープは規模こそ小さいが、トップクラスのデザイナーを輩出し続けるアントワープ王立芸術アカデミーを擁し、ラグジュアリー・ブランドのブティックから個人経営のしゃれたセレクトショップやファストファッションブランドの店舗までが軒を連ねるファッションの街だ。「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」や「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」もこの地に本店を構えている。そんな街にあるモード博物館(MOMU)では2018年3月18日まで、ベルギー人デザイナー、オリヴィエ・ティスケンス(Olivier Theyskens)の回顧展「シー・ウォークス・イン・ビューティ(SHE WALKS IN BEAUTY)」が開催されている。同展は、自身の名を冠したブランドでのデビューから「ロシャス(ROCHAS)」「ニナ リッチ(NINA RICCI)」「セオリー(THEORY)」での仕事、そして、自身のブランドを再始動した今日に至るまでの20年のキャリアを振り返るもの。ティスケンス自身がディスプレーした服に加え、デザイン画やバックステージ写真などを交え、彼が描く女性像の変化をたどることができる展示になっている。
1977年にベルギーの首都ブリュッセルで生まれたティスケンスは、幼い頃から布地で遊ぶことが好きだったという。ファッション・イラストレーションや伝統的なコスチュームにも強い興味を持っていた彼は、地元のラ・カンブル国立高等視覚芸術学校に入学するも2年で中退し、97年に自身のブランド「オリヴィエ ティスケンス」を設立。デビュー・コレクションをベルギーで披露し、その後はパリでの発表を続けてきた。展覧会は、“ゴシック・プリンス”と評された当時のティスケンスが手掛けたコレクションからスタート。黒を基調にビンテージのレースやベッドリネン、シルク、チュール、レザーなどさまざまな素材を組み合わせて描くスタイルはダーク・ロマンチックな世界観を強く感じさせるが、バイアスカットで作るドラマチックなシルエットやフェザー、ビーズの繊細な装飾はクチュリエとしての才能を感じさせる。
その才能がメゾンの目に留まったのは、02年のこと。「ロシャス」のプレタポルテのイメージ刷新のため、25歳という若さでクリエイティブ・ディレクターに抜てきされた。この頃からティスケンスはダーク・ロマンチックな世界観を薄め、より洗練されたフェミニニティーやエレガンスの表現を模索し始める。コレクション自体は高い評価を得ていたが、06年7月、「ロシャス」の親会社であるプロクター・アンド・ギャンブル(The Procter & Gamble)がファッション部門の閉鎖を発表し、彼はブランドを去ることになる(08年に伊ジボコー社とのライセンス契約によりファッション部門は復活)。その後、間もなくして「ニナ リッチ」のアーティスティック・ディレクターに就任し、約2年間同職を務める。クチュールを背景に持つ2つのブランドでの経験を通して、彼はシルエットや素材の探求を続け、ラグジュアリー・ファッションへの造詣を深めていく。
そこから一転して、10年にはアメリカのコンテンポラリーブランド「セオリー(THEORY)」の新ライン“ティスケンス セオリー(THEYSKENS THEORY)”のクリエイティブ・ディレクターに就任。11年からは「セオリー」のデザインも監修してきた。これまでの高級プレタポルテとは異なるブランドでの経験は、彼のクリエイションの幅を広げるとともに、ビジネスマインドにも影響を与えたことは間違いない。しかし、今回、「セオリー」時代のコレクションは2体しか展示されていなかった。ランウエイ写真で補っていたものの、この時代のデザインに対するアプローチは彼のキャリアを振り返る上で欠かせないものであり、物足りなさは否めなかった。
14年に「セオリー」を去って表舞台から姿を消していたティスケンスが、パリコレに戻ってきたのは昨年のこと。自身のブランドを約15年ぶりに再始動したのだ。展覧会の最後を締めくくるのは、そんな現在の「オリヴィエ ティスケンス」のコレクション。それらは、設立当初から用いているホックのデザインや生地のバイアスカット、伝統的なコスチュームの要素、クチュール的なディテールを生かしながらも、リアリティーのあるウエアに仕上げられているのが印象的だ。展覧会のリーフレットには「ティスケンスのミューズは時代とともに変化する。彼女はロマンチックで、神秘的で、強くてエレガント。若い場合も年老いている場合もあるが、どこへ行こうとも美の中を歩いている」と書かれており、先日パリ・ファッション・ウイークで発表した18年春夏コレクションも展覧会名と同じ「シー・ウォークス・イン・ビューティ」をテーマに、過去を踏まえつつ現代の美を描いた。キャリアはすでに20年になるが、彼はまだ40歳。これからのモード界を担っていくデザイナーの一人であることは間違いない。
JUN YABUNO:1986年大阪生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業後、「WWDジャパン」の編集記者として、ヨーロッパのファッション・ウィークの取材をはじめ、デザイナーズブランドやバッグ、インポーター、新人発掘などの分野を担当。2017年9月ベルリンに拠点を移し、フリーランスでファッションとライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を手掛ける。「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーも務める。