PROFILE:1992年1月生まれ。岩手県出身。18歳で上京後、美容専門学校を卒業。都内ヘアサロンの内定を得るが入社を辞退し、古着屋やアパレル企業、飲食店で勤務する。各地のコーヒー店を巡ったり、書籍などから情報を得るなどして、独学でコーヒーの知識を習得。2017年、自身の誕生日でもある1月7日にコーヒーショップ「アンビエントブリュー」を東京・祐天寺(東京都目黒区祐天寺2-8-4)に開店した。平日は15〜24時、土日は12〜24時営業(ラストオーダー:23時30分)。深夜まで営業しており、ビールや各種リキュールなどアルコールも提供している PHOTO BY IORI MATSUDAIRA
「アンビエントブリュー(Ambient Brew)」は、東急東横線祐天寺駅前の商店街を数分歩いたところにある。同店舗の向かいのビルには、昨年11月にオープンして注目を集めるヘアサロン「ダーリン.(darlin.)」や、メンズ・ウィメンズの古着やセレクトアイテムを取り扱うショップ「フィート / スティーフ(feets / steef)」が入っている。初めて訪れた際に感じたのは、クセのある店構えが醸し出す若干の入りづらさだったが、1度入ってしまえば落ち着きのある心地よい空間があった。その時に、店主は美容師免許を持っていると聞いたのだが、いったいどういう思いでコーヒーショップを出店したのだろうか。商店街の中でひときわ洗練された雰囲気を持つ一角にある同店の小原瑠偉・店主に、オープンから1周年を迎えようとしている今の心境を聞いた。
WWDジャパン(以下、WWD): 内定先のヘアサロンの入社を辞退したのはなぜ?
小原瑠偉・店主(以下、小原):入社しても続かないのではないかという先入観で辞退しました。その後、やってみたい仕事を全部やってみようと思い、好きな洋服の仕事や学生時代の延長で飲食業、クラブでも働きました。
WWD:どうしてコーヒーショップを出店することに?
小原:いろいろな環境で働いてみて、上下関係がある組織で働くことが自分に向いてないと感じました。自発的に何かできたらと考えていたところ、だんだんコーヒーに対する興味が強くなり、お店をやりたいと思ったのが始まりです。コーヒー店を巡ったり、本やウェブサイトを見たりしてほぼ独学で知識を身につけました。自分の中で、これだという味があります。それが基本かどうかは別として、自分がおいしいと思ってないと意味がないから。小さいコーヒー店でも2、3年働き、今に至ります。
WWD:店名の由来は?
小原:“アンビエント”は直訳すると“環境”とか“周囲の”という意味。音楽ジャンルにもありますが、主張や強制がなくて自然と耳に入ってくる感じが心地いいんです。ぼく自身は主張しないけれど、うまくここにある環境に溶け込めたらなという思いを込めています。“ブリュー”は“コーヒーや紅茶を淹れる”という意味ですが、コーヒー店を始めるに当たって“〇〇コーヒー”という名前にしたくなかったんです。“brew up”という言葉があって、“企む”といった少し生意気な意味もあり、それもいいなと思いました。逆にいうとコーヒー店のイメージが湧きづらいので苦労もしています(笑)。
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一生黒髪ロングのつもりだったが、「ダーリン.」のスタッフに感化されてカラーを入れたという PHOTO BY IORI MATSUDAIRA
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WWD:なぜ出店先に祐天寺を選んだ?
小原:実はあまり祐天寺に馴染みはないのですが、もともとここで古着屋をやっていた人が空くことを教えてくれて、直感でアリだなと思いました。ラフにたまれる空間を作って、街を盛り上げられたらと思って始めました。深夜に飲めるコーヒー店があればという願望を形にしました。ただ長年住んでいる人からすると、“にぎやか”も“うるさい”と受け取られてしまうところに葛藤があります。お客さんはもちろん、近隣の人たちの気持ちも汲み取っていかないとなかなかやっていけないなと思います。初めは外にも席があったんですけど、そこにお客さんがたまって道をふさいでしまっていました。街の人たちに向けて、見てすぐわかるアクションが必要だと思い、思い切って外の席を取り払いました。
WWD:近所のお店との交流はある?
小原:毎日、向かいのヘアサロン「ダーリン.」のスタッフが仕事終わりに来てくれます。「ダーリン.」のお客さんが来てくれることや、その逆もあり、良い関係を作れていると思います。ここに出店してからできた縁なので、余計に感謝の気持ちが強いです。彼らは見てわかるアクションを起こしてくれるので、自分もやらなきゃという気持ちになります。職業は違うけれど、祐天寺には「ダーリン.」と「アンビエントブリュー」があるね、というくらい浸透すればいいですね。
WWD:他のコーヒーショップとのつながりはある?
小原:コーヒー業界とはつながらないようにしています。本当はもっと早く店を始めたかったのですが、ちょうど“サードウェーブ”が注目されている時期だったので、その流れに乗りたくなくて落ち着くまで待っていました。そんな経緯もあって、業界から認識はされているものの一線を引かれていますね。ぼくはそれをよしとしていて、業界で馴れ合うくらいだったら違う業界とコンタクトをとっている方が個性が生まれるし、新しいお客さんも来てくれると思う。祐天寺には、他に2、3軒コーヒー店がありますが、馴れ合わずそれぞれでやっている感じがあります。
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WWD:オープン時にイメージムービーを作った経緯は?
小原:向かいにある古着屋の「フィート / スティーフ」のリニューアルパーティーの時に、ぼくがコーヒーを淹れていたんです。ムービーを制作してくれた(松平)伊織くんも、偶然お店の内装を撮影する仕事をしていて。その場で初めて挨拶して、同い年ということもあって意気投合しました。向かいに出店することを話したら、伊織くんが何かやりたいと言ってくれたのでムービー制作をお願いしました。構成は伊織くんに託して、ぼくの持っているものを汲んで表現してくれればと思っていました。友人にモデルがいたので、その人に出演してもらいました。いっしょに作ってもらいたいと思った人にお願いできたから、出来上がったムービーは100%のものになったと思っています。
入り口の扉には“珈琲基塩夜間飛行”というキャッチコピー PHOTO BY IORI MATSUDAIRA
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WWD:内装にもこだわりがありそうだが?
小原:ちょっとでも違うと思うとゼロからやり直したい極端な性格なんです。友人からもらった海外のお土産や自分で買ってきた照明を付け足してごまかしています。外壁は自分で塗ったのですが、入りやすい店ってもっとシンプルだと思うから、全部塗り替えたいですね(笑)。最近、入り口の扉に“珈琲基塩夜間飛行”というキャッチコピーを入れました。深夜まで営業していることもあって、カフェインでナイトフライトしよう、という意味の造語です。“珈琲基塩”はカフェインの当て字なのですが、漢字にしたことで、お年寄りの目にも止まり客層が広がりました。
WWD:おしゃれなお客さんが多そうだが実際は?
小原:客層をファッション系で括られるのは少しむなしいですね。確かにお客さんがおしゃれで入りづらいだとか、怖いという声もあります。でも新規で来てくれるお客さんは必ずしもファッション業界の人ではないし、全く関係ない仕事をしている人もいます。ぼくに会いに来てくれている人が大半なので、そうした人たちに尽くしたいと思っています。当たり前のことですけど、やっぱりおいしいコーヒーを飲みたくてお客さんがお店に来てくれるとストレートにうれしいですね。
取材時に淹れてもらったコーヒーは浅煎りの“NEWTON”。エチオピアとグアテマラのブレンドで、酸味が出ないように煎っている PHOTO BY IORI MATSUDAIRA
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WWD:オススメのメニューはある?
小原:主張や強制はしたくないと思っています。本当はプレゼンができてお金を取りに行く、営業タイプの人が経営者には向いているのかもしれません。でも、ぼくはお客さんにオススメを尋ねられると、逆に何が飲みたいですかと質問を返してしまうんです(笑)。店に来てくれる人の多くはコーヒーの知識がないので、会話をしないと無理やりになってしまう。飲みたくないものを飲ませてお客さんが離れてしまうのはもったいない。お客さんの意思を汲み取ってこれなら飲んでもらえるかな、というものを出したいです。
WWD:これからも続けていけそう?
小原:数字的にはギリギリですね(笑)。世間の反応は数字に表れるなと感じています。この街での印象は良い方ではないだろうし、そうした賛否両論は経営する上で考慮しなければならないと思っています。ただ、この店を長く続ける気はなくて、本当は純喫茶をやりたい。正直なところ、100%自分がやりたいことをやりきれていないので、今はそこに向かうための準備段階でもあります。広い席でお客さんが使い方を自由に決めるような純喫茶を持ちたいです。
【自分の仕事の5段階評価】
「良いことも悪いこともプラスになるので、悪いことがあっても前向きなスタンスを持っている」