2000号では「WWDジャパン」が創刊された1979年から2017年までのファッションビジネスの歴史を振り返ると同時に、ファッションの未来を照らしたいと考えた。38年を振り返る中であらためて感じたのは、オリジナリティーの強みとデザイン力の重要性だ。そこで、その両者を併せ持つ阿部千登勢「サカイ(SACAI)」デザイナーに、18年春夏コレクションを振り返りながらインタビューを行った。
オリジナリティーと努力だけでビジネスができる。
だからファッションは面白い
WWDジャパン(以下、WWD):あらためて、ファッションビジネスの面白さとはどこにあるか?
阿部千登勢「サカイ」デザイナー(以下、阿部):何もないところから、オリジナリティーと努力だけでビジネスができるところでしょうか。だからファッションはすごく面白い。私は何者でもなかった。バックグラウンドがあったわけでもないし、大きな資本がある企業の傘下でもない。何か後ろ盾があるわけでもない。でも、こうやってビジネスができるのはファッションならではだと思います。
WWD:「オリジナリティーと努力」のオリジナリティーとは?
阿部:人がやっていないこと。〇〇風ではないもの。
WWD:オリジナリティーは日々変化していくものか?
阿部:自分の中では昔から一本筋は通っていますが、日々変化しています。着てもらえなかったら意味がないから。自分の感覚を信じて、誰々風になっていないか、「サカイ」でしか買えないものであるかを追求します。「サカイ」でしか感じることができない空気感を、袖を通したときに感じてもらいたいから。
WWD:では、ファッションビジネスにおける“努力”とは?
阿部:人によって努力は違うけれど、私の場合は「諦めない」こと。諦めずに貪欲に考えます。すごくしつこい性格です(笑)。本当にしつこくて、私はそれを努力と呼んでいます。ブランドや洋服のことをずっと考えているし、追求している。例えば、この丈で正しいのか、あと10cm長い方が正しいのかーー答えはない。デザイナーとして、オリジナリティーを大切にしながら新鮮に見えるかを考えますが、その反面、私は社長なのでこれで商売をしていけるのか、店頭で売れるのかとそのバランスもしつこく考えています。この宣伝・販促を行っていいのかということについても同じ。(「アンダーカバー」と合同で行ったショー)10.20をやるべきかなど、全てのことを自社の誰よりも細かくギリギリまで考えています。
WWD:「サカイ」も阿部さんも常に現在進行形で変わっていると感じるが、今のような考えになったのはいつから?
阿部:まさに現在進行形で変化しています。ここ数年で、努力とオリジナリティーだけでは、ある程度のところまでしか行けないと分かりました。ある一定以上を越えて、ビジネスを広げるには、ブランドの知名度が必要だと気づきました。知る人ぞ知るブランドでいいのか、誰もが知っているブランドになりたいのか。そして私たち自身、どうすることが心地いいのか?正解はない。昔は、知る人ぞ知るブランドでいいと思っていた部分があった。今でもデザインを考えているとき、パタンナーとものを作っているときが一番好きですが、今は、ビジネスとして「サカイ」を考えることもすごく楽しくなってきました。デザインがいいのは当たり前。プラスアルファの要素、ブランドとしてどう見せるのか、どう売るのか、どんな企業であるのかが大切だと考えています。
WWD:ビジネス戦略を考えるということ?
阿部:はい。戦略を考えるのが楽しい。結果として、知る人ぞ知るブランドになることがいいと思うかもしれない。今はまだ、どう進むのが楽しいかを模索中です。
WWD:まだ「サカイ」が知る人ぞ知るブランドだと思っている?
阿部:いや(笑)。でも、コングロマリットの中のブランドとは少し違うし、空港にパフュームを置いているブランドでもない。私たちはどうなりたいのか?私の考え方も昔より柔軟になってきました。
WWD:「サカイ」のビジネスを大きくする目的は何か?
阿部:よくスタッフと、何のために私たちはブランドを始めたのか?何のために青山で店をやっているのか?と話をします。「何のため?」と聞きつつ、「私は、お金が欲しいからではない」と伝えています。この質問はすごく難しい。お金がないとできないことはとても多い。売り上げもすごく大事。そして、「良かったけれど、売れなかった。いいブランドだけど、売れない」ということはないんです。いいものは売れるから。
WWD:「サカイ」は世界40カ国に販路を持ち、服を通じて世界中の人と対話をしているが、そこから気づかされたことは?
阿部:日本はすごく特殊なマーケットだということ。もちろん、世界も含めてファストファッションなど、さまざまなマーケットが存在していますが、海外はTPOがはっきりしていることもあり、分かりやすくマーケットが分かれているのに対し、日本はもう少しマーケットがフラットに感じます。これは日本に限らずですが、同じものばかり作っていたらダメになるのは目に見えていますよね。海外で「サカイ」の展示会に来てくれるバイヤーは、“ はやっているから欲しい”のではなく、“「サカイ」にしかないから欲しい”と言ってくれる。「こんなの誰が着るの?」と日本だと思われるかもしれない洋服でも求めている人がいて、そのマーケットがある。「サカイ」のメーンコレクションの売り上げは8割が海外です。世界は広くて、いろいろな人がいる。日本だけにいたら、気づかなかったでしょう。
WWD:ファッションビジネスを振り返っても残っているブランドには、オリジナリティーがある。
阿部:常に「裏切り」と「安心」のバランスを大切にしています。「安心」だけだと、“ いつもの「サカイ」だね”と言われる。「裏切り」=「新しさ」だと思っていますが、「新しさ」もやりすぎると「何これ!?」となる。シーズンによりそのバランスは異なるけれど、常に両方を大事にしています。
WWD:結果、世界中の人々が「サカイ」のオリジナリティーにお金を出して買っている。
阿部:そうですね。あのとき、世界に出てよかった。日本にいたら、今作っている洋服自体も違っていたと思います。この言葉が合っているかどうか分からないけれど、とても“ラッキー”だった。私自身“グリップが強い”人間だと思います。いいと思ったら離さない。人との出会いを大切にし、自分の欲しいものも分かっている。例えば、このスタッフが欲しい!と思うと離さない(笑)。
WWD:好きなものが分かっているのは幼いころから?
阿部:はい。好きなものが進化しているから模索しているけれど、常に“こうなりたい”というイメージは頭にあります。そして今それが必要だと思ったら、グイッと引き寄せる。
WWD:引き寄せちゃったから、情が移って手放せなくなり、膨れ上がるということは?
阿部:それはない(笑)。性格はすごくはっきりしています。ここだけ聞くと、こわい人間みたいに思われるけれどーー。でも会社自体はとても楽しい雰囲気です。この人、何しているんだろう?というスタッフはいないし、常に切磋琢磨している。ただ、緊張感があって楽しい反面、ついてくるのは大変かも。「1年前はこう言っていたのに」というボヤキに対しては、「何古いこと言っているの?」という具合。どんどん変化しているから。だからこそ、普段から情報共有を大切にしています。日々、面白くて仕方がないし、スタッフもきっとそうなのかな?
WWD:スタッフと強いメンコを出し合っている感じ?
阿部:私より強いメンコを出してくるスタッフもいますよ。1トップにはなりたくないので、スタッフの声はもちろん社外の意見も常に聞くようにしています。自分が100%正しいとは思っていません。
WWD:どんどんビッグになり、研ぎ澄まされる中で、一般的な女性の感覚とずれてしまう恐れはないか?今や、世界に知られるブランドのデザイナーであり社長である阿部さんに共感できる人は、日本には決して多くないはず。
阿部:確かに19年前と今の私は違うけれど、ビッグだとは思っていません。スーパーマーケットで買い物をしてごはんを作るし、娘とマクドナルドのようなところに行くのも好きです。109にも行く。皆さんの前に出るときは身なりをちゃんとしているけれど、プライベートはいつもそうなわけじゃない。おいしいレストランも好きだけど居酒屋も好き。私のイメージが気取った感じと思われたら全然違います。全ての人に共感してもらうのは難しいけれど、これまでずっと等身大で服を作ってきました。
WWD:変わったのではなく多面的になったと。経験を積み、一人のデザイナーとして、女性として、阿部千登勢の“面”が増えた。
阿部:19年前の服は、そのときの私の年齢と生活環境に共感してくれた方がいた。今も、私の作った服に共感してくれる方がいる。「日常の上に成り立つデザイン」というコンセプトに興味を持ってくれる人が世界中にたくさんいます。だから、恐れる必要はないはず。
WWD:「サカイ」と阿部さん自身のプライベートは切っても切れないものか?それとも別?
阿部:完全に一緒です。私が「サカイ」だし、「サカイ」が私。妥協なんてしない。もちろん、どうしても間に合わないから工夫したり、さまざまな方が携わっている分、私のワガママが通らなかったりもする。ただ、ベストは尽くします。自信があるわけではなく、悩み続けて常にアップデートしています。「私が見たい景色はこれだったんだ。じゃあ、次」というのを繰り返しています。知らない世界があると、経験してみたくなる。次の景色を見るために生きています。
WWD:プレ・コレクションとメーンコレクション、アプローチに違いはあるか?
阿部:私にとっては一緒です。でもメーンはファッションショーの8分間が勝負なので、ボリューム感やハイブリッドの方法をより分かりやすく表現しています。プレはもう少し着やすいものをと、私なりのバランスはあります。人の関係性と似ていて、人生全てバランスだと思います。私にはデザイナーのアシスタントはいませんが、プレはパタンナーの声を盛り込むこともあるので、違う感性が加わったり、意見交換したりしている感覚はあります。
WWD:業界で川上と呼ばれるテキスタイル、縫製、ニッターと「サカイ」との関係は、オートクチュールサロンがアトリエを持っていて、一緒に成長していくイメージに近い。生産は国内が多いのか?
阿部:適材適所で行っているので、全てがメード・イン・ジャパンではありません。生地作りと縫製はほぼ日本で行っているので、多くを日本で作っていることは事実です。
WWD:「サカイ」のリクエストに応えることで、日本の工場も成長しているのでは?
阿部:「サカイ」は2シーズン目から、布帛とニットをドッキングしていました。当時、いろいろな工場から「そんなことできない」と断られましたが、受けてくださったニッターさんがあります。今でも取り組んでいますが、「阿部さんが、あのときにやらせてくれたから、他からくる同じようなリクエストを受けられるようになった」と感謝されたことはあります。はじめは無理して作ってもらったことも、それで技術が向上する。刺しゅう一つとっても、「サカイ」は面倒なリクエストをしています。時間もかかるし、値段にも影響してくる。でも、なんとかして値段を下げる努力をしてくれる。ぱっと見では分からないけど、この仕様にすれば数百円下げられるとか、いろいろな提案をしてくれます。皆さんすごくポジティブで、「新しいもの作ろう」という気概がある。私もスタッフも一番気をつけていることは、新しくて良いものを作るだけでなく、それを売れるものにして工場に売り上げで還元すること。そこにこだわってきたからこそ、いい関係性ができている。ただ見たことのない生地や洋服を作っても、お金にならないとついてきてもらえない。
WWD:現在、深く取り組んでいるのは何社あるか。
阿部:ニッターとテキスタイルがそれぞれ約10社、縫製が約35社です。
WWD:阿部さんの服作りには、プラモデルを組み立てることを楽しんでいるようなところを感じる。ここ最近、“自由にアレンジしてコーディネートする方が自分らしさを表現できる”という風潮があるが、「サカイ」は実はコーディネートで崩したくない服。そのまま着たくなる、バランスが完成されているから。
阿部:ここ数シーズンは、プロダクトの強さはもちろん、テーマを強めていたところもあった。最近、ファッションビジネス全体がバズを起こすことに夢中だと感じます。だから今一度、服を丁寧に作りたいと思ったのかもしれない。2018年春夏は、世の中がこうだからこそ、洋服をきちんと作り、伝えたかった。今シーズンの一番のポイントは(複雑に見えるけれど)「これ着られます」という点。しかもわれながらかわいいし、よくできています(笑)。
WWD:非常に複雑な仕様で工場泣かせの服が多い。
阿部:生地と生地がきちんと縫えるか、発注前に入念にチェックします。工場に出す前に、全て自社でパタンナーが部分縫いをして、実際縫えるものしかサンプルの工場に出しません。パタンナーは現在12人で、外注は一人もいない。ミシンは7台。初めて入った人はたいてい驚きますね。
WWD:デジタル上での自己表現が多彩になったから、ファッションで自己表現しなくても満足でき、デザイン性が強いものが売れないという声も聞くが。
阿部:その人は、小さな世界しか知らないのでは?私はそうは思いません。
WWD:われわれメディアに対しては“昔より強いデザインは求められていない、パリコレよりも報道すべきことがある”といった声も届く。
阿部:パリコレにこだわる必要があるかどうかは、私も分かりません。ただ今は、パリコレの8分間で表現することが最速でたくさんの方に届けられると思っています。別のやり方がいいと感じたらパリコレをやめるかもしれない。それも進化の一つ。ただ、今はこれがベストです。
WWD:「どう売るか」も重要になっている。コレット(COLLET)や「ノースフェイス(THE NORTH FACE)」とのコラボなど、「サカイ」もいろいろな売り方、伝え方にチャレンジしている。デジタルも含めこれからの売り方をどう考えているか?
阿部:一番いいのは、対面で接客して触れて着てもらうこと。メーンのコレクションは試着しないと分からない部分はあるから。そうではない売り方も当然あるが、常に伝え方は考えている。売り方も、新しいことに挑戦したい。例えば「ノースフェイス」とのコラボレーションは、いろいろなお客さまと触れ合えるコミュニケーションの場になった。普段「サカイ」を着ない方でも「ノースフェイス」とコラボすることで着てもらえる機会が増えるかもしれないから。また、東京の店で買えない人のために、2週間のポップアップのオンラインストアをオープンしたのも面白かった。旗艦店である青山店は、あそこに行かないと感じられない空気感を感じてもらえる店でずっとありたい。
「2018年春夏シーズンにパタンナーに伝えたテーマは、"アシンメトリーだけどシンメトリー"。切り替えはシンメトリーだけど、アイテムはアシンメトリーなんです。切り替えはランダムに見えてここは格子、こっちはスポーツの切り替えなどと必ず意味を持たせています」。
「5種類のアウターをハイブリッドにしました。迷彩柄がM51、チェックがジャケット、グリーンの部分がMA-1、ネイビーの袖がドリズラー、ベージュの部分がスポーツブルゾン。ポイントは、今回初めて用いたハイブリッド手法。サイズが合わないのでジャケットの裏地に直接くっつけています。このぼこぼこ感も含めて、新しいハイブリッド」。
「タンクトップ、プリーツのスリップ、サテンレースのついたスリップをパッチワークのように合わせてハイブリッドにしているのがポイント。プリントは古着から取り入れることが比較的多く、花柄は古いスカーフから取り入れました。同じ柄も、拡大プリントしてプリーツにしたり、縮小してサテンにプリントしたり、オーガンジーに立体的に刺しゅうしたり。さらにチェックをまぜたかったので、チェックのスリップと無地のシフォンで構成し、結果的に五つをハイブリッドにしています」。