インスタグラムのストーリー機能を使った新メディア「ルーテ(lute)」を運営するluteが総額8000万円の資金調達を実施した。「ルーテ」はウェブサイトを持たず、制作したコンテンツをインスタグラムなどの既存メディアにあげることで閲覧を促す“分散型メディア”。自社サイトにファンを集めるのではなく、場所を決めずにさまざまなSNSにコンテンツを露出し、ファンとの接点を最大化することで認知度をあげる新しいメディアのあり方だ。国内ではまだ“分散型メディア”に認知度が高くない中、「ルーテ」はどのようにビジネスを行っているのか。五十嵐弘彦・社長(以下、五十嵐)を取材した。
WWDジャパン(以下、WWD):エイベックスの社内事業として「ルーテ」を立ち上げた経緯は?
五十嵐:2015年に海外の新規事業を視察をする中で、PV(記事閲覧)数ではない指標に軸を置いた“分散型メディア”という新しいメディアの形が注目を集めていた。当時海外では5〜10分の動画を作り、それをユーチューブにあげる体系が主流だった。同じようなプラットフォームを日本でも作ることができると考え、楽曲のミュージックビデオ(MV)を作ってユーチューブにあげる形で「ルーテ」というメディアをスタートした。
WWD:メディアに対する反響は?
五十嵐:立ち上げ当時、レーベル側が予算を使ってMVを作っている中で、メディアがコンテンツとなるMVを予算を使って作るということに対して、ビジネスモデルを理解してくれる経営陣からは理解を得られたが、一部からは理解を得られないこともあった。ただ、2年間で少しずつ「ルーテ」というブランドバリューが浸透してきたと感じる。
WWD:現在、手掛ける事業は?
五十嵐:大きく事業は3つある。1つが「ルーテ」のメディア事業。ただ、ここでは収益をすぐに得ようと思っていない。まずは分散型メディアとしてカルチャー好きの一定層に定着することを目指し、長期ビジネスとして、向こう3年間くらいで広告などのビジネスになればいいと考えている。もう1つがマネジメント事業。これは中期的なビジネスだが、いわゆるレーベルのマネジメントという考え方ではない。ミュージシャンの中で個人が立っている人だったり、インフルエンサーだけれどもクリエイティブな側面を持っているような人が集まるような場所だ。
WWD:いわゆるレーベルへの所属という考え方とは異なる?
五十嵐:ミュージシャンも映像部分はlute、音楽部門は別会社というように、複数に属せばいいと思う。そのあたりは、ゆるくやっていきたい。そして、最後が受託業務。これが最も短期的な事業になる。ただ、これも映像を受託制作するというような簡単なものではなく、映像を作ってキャスティングもし、メディアへの掲出もできるといった複合的な案件が多い。ここでできたコンテンツが「ルーテ」に出ていくこともあるだろうし、最終的には全ての事業が連携し、高め合っていけるような関係を目指したい。
WWD:8月に法人化し、「ルーテ」の基盤をインスタグラムに移した理由は?
五十嵐:設立後の2年間、ありがたいことに出資の話をいただいたこともあり、このタイミングで「ルーテ」とはなんなのかということを考えていた。今のデジタルネイティブは“ハイスペックなデバイスを使いたい”のではなく、単に“iPhoneが使えればいい”らしく、これを聞いてショックを受けた。彼らにあった形でカルチャーを届けるには、モバイルで縦型短尺動画だと思い至り、結果的にインスタグラムのストーリーをプラットフォームに選んだ。
WWD:このタイミングだから、インスタグラムだったと。
五十嵐:メーンがインスタグラムというだけ。ユーチューブをはじめ、他のメディアも使っていく。もちろん、既存のクラシックメディアがなくなることはないし、そこに対するリスペクトはあるが、それ以上市場の拡大が見込めない部分があるのも事実。だからこそ、クラシックメディアとユーザーをつなげる新しい接点を用意しなきゃいけない。それが、今であればインスタグラムだった。
WWD:ここでいうクラシックメディアとは何を指す?
五十嵐:インターネットだったり映画だったり、規模にかかわらず、コンテンツを提供するもの全て。新しいメディアに対して既存ツールという意味では、ネットフリックスなんかも入る。
WWD:なるほど。そういったクラシックメディアと若年層をつなぐために、ターゲットとするユーザーの目に触れる部分に「ルーテ」としてコンテンツを出していくと。
五十嵐:モバイルの情報過多の時代に、ユーザーの時間を食い合うものはメディアだけでなく、ゲームやアプリなどたくさんある。その中で、それぞれのコンテンツに使う時間は短くなっている。例えば、ミュージシャンの新しいMVをSNSで知った時、すぐにMVを全部見るとは限らないはず。SNSに上がっている15秒のショートバージョンを見ただけで、コンテンツを見たと考えるユーザーも多いだろう。何かを知るきっかけとして、インスタントなコンテンツを作ることこそがわれわれの使命で、それを掲出するために今一番適しているのがインスタグラムだった。
WWD:もちろんインスタグラム以外への掲出、ひいてはクラシックメディアにコンテンツを出すこともある?
五十嵐:もちろん、例えばネットフリックスで番組を持ちたいというような目標もある。ライブへの協賛だってあるかもしれない。インスタグラムでの配信が月刊誌的なポジションだとすれば、これらは時折出る別冊のようなイメージだ。
WWD:今回、資金調達を実施したが、これによって何か変わったか。
五十嵐:出資を受けて人的な投資などもできるようになり、さまざまな検証によるPDCAサイクルの実行スピードをより早くできるようになった。これによって私自身が新規事業について考えたり、そもそも既存事業の体制が正しいかなど、疑問を持ったりする時間が確保できたと思う。
WWD:今後、音楽ではない別領域へ事業を広げる可能性はあるか?
五十嵐:もちろん、ある。カルチャーという枠で考えればファッションなども絡んでくるし、新しいバーティカル(業種特化型)メディアを作ることだってありうる。常に新しい可能性は柔軟に考えている。
WWD:他メディアと協業する可能性も?
五十嵐:ある。当社で制作した15秒動画だって、他メディアに無償提供をして一斉にアップした方が面白い。媒体を限定した“エクスクルーシブ”感はなくしたいと思っている。そもそも今後はコンテンツもどこかのメディアに属さないという時代が来るだろうし、媒体を超えた取り組みも徐々にやっていければいいのではないか。
WWD:そうなると、メディアという概念はどうなるのか?
五十嵐:今や個人ですらメディアになりうる時代。私が一番面白いと思うメディアは、ジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)を見出したスクーター・ブラウン(Scooter Braun)というマネジャー。彼自身が何をやっているかが意味をなすようになり、その行動自体がメディア化している。答えはまだわからないが、今後正解がない時代に突入していくのだと思う。だから、少なくてもわれわれはターゲットとするユーザーの近くに常にいることが目標だ。
WWD:そう考えれば、メディアとは“人を集める”もの?
五十嵐:そうかもしれない。人を集めるものだし、人を刺激するものであることは間違いない。そういう視点では、ファッション業界でリック・オウエンス(Rick Owens)がとても面白いメディアだと思う。