関山和秀/スパイバー取締役兼代表執行役 PROFILE:1983年1月2日、東京生まれ。2001年慶應義塾大学入学。先端バイオ研究を行う冨田勝研究室に所属し、04年9月に人工合成のクモ糸研究を開始。博士課程在学中の07年9月、学生時代の仲間とスパイバーを設立し社長に就任。14年6月から現職 PHOTO BY MAYUMI HOSOKURA
スパイバーとゴールドウインが共同で商品化を進めている「ムーンパーカ」
スパイバーとゴールドウインが共同で商品化を進めている「ムーンパーカ」
「WWDジャパン」の2000号記念企画、ネクストリーダー14人のインタビューシリーズの最後を飾るのは、約1年半ぶりにメディアの前に姿を現したスパイバー(Spiber)の関山和秀・取締役兼代表執行役だ。同社の人工クモの糸“クモノス(QMONOS)”を使い、ゴールドウインと共同で商品化を進めている“ムーンパーカ(MOON PARKA)”は、そのプロトタイプから一見しただけでは単なる高機能のウエアのようだが、実は世界のエネルギー事情を根本から変えかねない、人工合成タンパク質で作られた歴史的にもエポックメーキングな一着だ。
合成タンパク質を原料にする素材の開発は実は今、世界の製造業関連のスタートアップでは非常にホットな分野で、米国やドイツ、イギリスなど世界各地で激しい開発競争が繰り広げられている。
だが、その中でもスパイバーは突出した存在だ。商業生産を前に、政府系金融機関や民間企業などから161億円もの資金を集め、山形県鶴岡市には世界中から優秀な人材が集結している。スパイバーとは一体何者なのか。そして関山社長が目指す素材革命は、アパレルの未来をどう変えるのか。独占インタビューをお届けする。
WWDジャパン(以下、WWD):メディアへの登場は久しぶりですね。
関山:約1年半ぶりです。この間、本当にいそがしくて。ここにきていろいろなピースがそろい、来年以降ようやくこの10数年の研究の成果が一気に出せそうです。
WWD:となると“ムーンパーカ”の発売は?
関山:“ムーンパーカ”はゴールドウインさんと共同で進めている案件であって、私の口から言えることはあまりありません。ただ、2015年の発表時点からも進化を続けていますし、かなり最終段階に近づいてきていることは確かです。“ムーンパーカ”に限らず、現在開発を進めているほとんどの製品はパートナーや取引先と秘密保持契約を結んでいて、用途や製品、商品化の時期などについて具体的なことは何も言えません。ただ一つ言えるのは、アパレル分野と自動車分野については重点的に研究していること。出資先にも、繊維・アパレルと自動車関連の企業が名を連ねています。
READ MORE 1 / 2 巨額の資金は資源エネルギー革命への期待
巨額の資金は資源エネルギー革命への期待
山形県鶴岡市にあるスパイバー本社。1階に研究ラボ、2階にオフィスがある
本社の向かいにある生産棟。関係者以外立ち入りができないよう厳しいセキュリティが敷かれていた
WWD:資金の調達規模は?
関山:スパイバーとしては政府系金融機関や民間企業などから総額161億円になります。調達先は、研究・事業開発の協力関係にある小島プレス、トヨタ紡織などの自動車関連、ゴールドウイン、テキスタイル生産で関係のあるカジナイロン、機関投資家などです。
WWD:商業化の前に、なぜこれほどの資金が集まったのか?
関山:スパイバーがやろうとしていることは、一種の資源エネルギー革命だからです。
WWD:というと?
関山:現在世界は化石資源をベースにした消費型の社会になっていますが、このままでは必ず行き詰まる。今後、社会構造を転換していく上で、サステイナブルな資源やエネルギーを使った循環型の社会にしていかねばならない。本来は人間も地球の生態系の一部ですし、生態系で循環しているものを活用するのが効率いいし、無駄もなくなる。その材料の一つがタンパク質であり、タンパク質を使いこなすことが、今後人類の発展に非常に重要なのです。
WWD:石油に代わり、地球上に豊富で、かつサステイナブルな材料であるタンパク質を使う、と。そうなった時に、アパレルの未来はどう変わりますか。
関山:繊維を例に取ると、現在世界で年間約8900万トンの糸が生産されていますが、僕らは今後30年をめどにそのうちの15%くらいを合成タンパク質素材に置き換えたい。服作りのやり方も、大きく変わることになります。そもそもタンパク質を使いこなすというのは、タンパク質で構成されているモノを工業的に作り変える技術のこと。クモの糸やレザー、シルクといったものから、動物のキバ、昆虫の外骨格などを、遺伝子レベルで解析し、目的に応じて、その物性を再現する。“ムーンパーカ”に関しても、糸から遺伝子レベルで設計しています。つまり、合成タンパク質のテクノロジーを活用したモノ作りは完成品から逆算し、遺伝子レベルで素材の特徴や特性を設計できることにあります。将来はお薬のように、欲しい素材のレシピを近所の工場に持っていき、作ってもらう、そんなテーラーメード素材の時代がやってくるかもしれません。
READ MORE 2 / 2 タンパク質研究が世界を救う!?
タンパク質研究が世界を救う!?
スパイバー社内の研究開発ラボ。最先端のゲノム編集から培養、発酵などの多岐にわたる研究が行われている
最先端のゲノム編集や合成生物学などを駆使して、原料となる合成タンパク質を開発
合成したタンパク質は、常温醗酵プロセスで培養する
「クモノス」ファイバー
「クモノス」を使ったテキスタイル
WWD:合成タンパク質の工業化は海外でも開発が活発になってきました。
関山:米国では、僕らと同じスパイダーシルクをうたい、ステラ・マッカートニー(Stella McCartney)とのコラボレーションを発表したボルトスレッズ(Bolt Threads)、昨年40億円もの資金を調達したことで話題になったシリコンバレー発のスタートアップのモダンメドウ(Modern Medow)などの動きが活発化しています。とはいえ、資金の調達規模、商業化への進捗具合では当社が一歩進んでいると思います。
WWD:スパイバーの強みとは?
関山:合成タンパク質の工業化には、いくつもの技術や研究がバリューチェーンのように折り重なっています。バイオシーケンスやゲノム編集、分子デザイン、発酵、合成生物学、精製、製糸など、必要なピースは多岐に渡っており、しかも産業は進化のスピードがものすごく早い。だからデュポンなどの巨大企業ですら、垂直統合ができず、僕らのようなスタートアップが入り込む余地がある。スパイバーはこうした技術のピースを一通り持っていて、幸いにも小島プレスのようなエンジニアリングに優れた企業とパートナーシップを組むことができた。実際に生産する設備の多くは小島プレスと共同で開発しています。先ほども述べた通り、合成タンパク質の本質は、最終的なユーザーのニーズに応えて、全体最適を考えた遺伝子設計や分子設計から行って、素材を開発すること。工業化のためにはその全てのレイヤーが必要で、私たちはそれらを網羅しています。
WWD:なぜ、合成タンパク質の研究を?
関山:高校生くらいの時に、このままでは世界が滅ぶ!と本気で思ったことが、きっかけでした。スパイバーのやっていることをすごく平たく言えば、平和維持活動なんです。これは冗談ではなく、本気でそう考えています。先進国だけでなく、発展途上国も含め、世界で食料や実用品、衣料品などの消費が飛躍的に増加しています。そうしたことを賄うために、家畜や工業製品、畑が必要になり、温室効果ガスの排出量が増加したり、地球が汚染され、絶滅する動物や生物が増加したりと、エシカルやサステイナブルでない状況が生まれています。実際にモノが足りなくなり、奪い合うことにつながる、こうした状況こそが、地球の環境問題の本質だと考えています。僕らは軍事的なアプローチでは全く無いけど、そうした問題を解決することで、将来の平和を維持したい。だからこそ、スパイバーは本気で地球規模で、この技術をスケールアップすることを目指しています。