ミニマリストの女王として知られるジル・サンダー(Jil Sander)の、飾りを極限まで省いたミニマルなデザインは強いこだわりと意志を感じさせる。一方で、ジル・サンダーという人物は、30年モノのベントレー(BENTLEY)を乗り回し、ビッグマックをたまに食べるという意外な一面も持つ。近年はオリーブオイルの生産を手掛け、ビューティ分野にも関心を持つサンダーの素顔とは?初の回顧展をフランクフルトで開催しているサンダーが考えるファッション、クリエイション、美学とは何かを聞いた。
米「WWD」(以下、WWD):みんなが聞きたいことだと思うが、元気だった?
サンダー:展覧会の準備で疲労こんぱいだが、全力投球できたから少し気分がよい。何かを世界に残したかったし、過去の作品を今の私の目で見たかった。見る人を飽きさせない内容になっているといいなと思う。人生の集大成のようなものだから。
WWD:展覧会とカタログを準備することで、仕事に対する見方はどう変化した?
サンダー:やってきたこと全てが一貫性のあるものだと分かってうれしかった。また、宣伝広告もショーの映像もパッケージも、全てが今でも通用する内容だと感じた。あと、私のショーはとてもフェミニンだということに非常に驚いた。「ジル・サンダー」といえばウィメンズのパンツスーツを連想されがちだが、それは当時、女性が男性社会の中で働くということがとても大変なことだったということを顕著に表していたのだと思う。
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「ジル・サンダー」2005年春夏コレクションのルック GIANNONI GIOVANNI / WWD (c) Fairchild Fashion Media
WWD:「私の美学の源泉は人生の中で感謝し、学んだことや、時代から感じ取ったことで構成されている」という発言があるが、具体的には何に感謝し、学んだか?また、ファッションに限らずあらゆるものが激動する現代から何を感じ取る?
サンダー:私のデザインは2つの顔を持つ。1つはドイツで過ごした幼少期に、全てが存在意義もないまま永らえてしまっていると感じた純粋主義の理想や、交換留学生として滞在していた昔のカリフォルニアで見かけた、リラックスした服装への嗜好から生まれたデザイン。もう1つは“ツァイトガイスト(時代精神)”だ。コンテンポラリーアートへの関心がデザインに大きく影響している。プロポーション、テキスタイル、装飾からの脱却――これらは全てその時々の時代から影響を受けている。今の時代はアバンギャルドを避ける傾向にある。これはもしかすると政治だけでなく技術発展に対する恐怖、例えば、AI(人工知能)やバーチャルコミュニケーションに伴う疎外感が原因かもしれない。しかし、よりシンプルでモダンなファッションは現代においても着る人を力づけるのではないかと考える。「ユニクロ」とコラボした「+J」では、この方向性を強めようと思った。このラインのモットーは“みんなのために”だった。きれいに裁断された、質の高いデザインの服を多くの人が購入できたとしたら、世界共通のゴールがぐっと近づく可能性があると思った。
WWD:あなたが残した功績は?
サンダー:私にもそれが分かるといいけど。全てが流動的ではあるが、現代のアートや建築に見られる一定の傾向をファッションの分野で提示できているといいなと思う。
WWD:今日のファッション産業について何を思うか。
サンダー:どのブランドもグローバリゼーションやSNSなどによる素早い情報拡散のせいで、大きな試練に直面している。また、品質よりも宣伝広告の方が重要になっている。ハイストリートブランドの台頭や世界各地でのランウエイショーによって、ファッションはコンテンポラリーや未来のトレンドを定義する場を失ったと思う。
WWD:嫌いなことは?
サンダー:私は疑い深い性格だが、物事を理解するように努めていて、練習中でもある。他人の立場になって物事を見なければならない。しかし、それでもまだ閉塞感に強い抵抗を示してしまう。いまだにセンスのないデコレーションも嫌いだ。私にはミッションが与えられていると思っていて、ファッションのことでもそれ以外でも、常に誰かを説得しようとしていることに気付いた。
WWD:ファッション市場のスピードは加速するばかりだが、今「ジル・サンダー」を立ち上げたとしたら成功したと思うか?
サンダー:私はとても幸運だったと思う。ドイツにはファッションデザイナーを目指す人が少なかったから、初めのうちは競争によるプレッシャーがなかった。一方で、女性が“マダム”をやりたくなければ、他にやれることはないに等しい時代だった。ファッション誌の編集者として働いていた時に納得のいく撮影ができず、プロデューサーに変更を提案した。それがきっかけで最初のコレクションが誕生した。求めるテキスタイルがなければイタリアの製造工場に連絡を取った。彼らは喜んで挑戦してくれた。私の服が置かれている店がイマイチであれば、自分の旗艦店を作った。そんな感じで少しずつ進んでいった。むしろ、今の方がプレッシャーは大きい。私がこれまでの経験を通して一つずつ発見して打ち出してきたものは、現代では当然理解しているべきことだと認識されているから。
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2018年5月6日まで独フランクフルトの美術工芸美術館で開催中の“Ms. Jil Sander”展の様子 PHOTO BY PAUL WARCHOL
2018年5月6日まで独フランクフルトの美術工芸美術館で開催中の“Ms. Jil Sander”展の様子 PHOTO BY PAUL WARCHOL
2018年5月6日まで独フランクフルトの美術工芸美術館で開催中の“Ms. Jil Sander”展の様子 PHOTO BY PAUL WARCHOL
2018年5月6日まで独フランクフルトの美術工芸美術館で開催中の“Ms. Jil Sander”展の様子 PHOTO BY PAUL WARCHOL
2018年5月6日まで独フランクフルトの美術工芸美術館で開催中の“Ms. Jil Sander”展の様子 PHOTO BY PAUL WARCHOL
WWD:初の回顧展で、ファッションからビューティ、宣伝広告、店舗デザイン、庭に至るまでが披露されている。一般的な回顧展とは異なるアプローチをとりたいと言っていたがなぜか?
サンダー:古い服を展示するのが好きではないから。“芸術品”として発表するのはちょっとうぬぼれだと思う。しかし、3D裁断の複雑さや、私の考えるミニマルな美しさを理解してもらうために少しだけ展示している。一方で、実際の人間に着せてデザインを見せたいから、ショーの映像も流す。また、フレグランスやビューティ関連のアイテムも展示する。フレグランスのボトルやパッケージはその当時では先進的なデザインだったし、現代でも廃れない。その他には広告やルックブックがあって、私の現代観をよく表している。いろんなカメラマンと仕事をすることで、「ジル・サンダー」の美学が多面的に表現された。言うまでもなく、全てに一貫性はある。
WWD:SNSはやる?
サンダー:SNSについてほとんど何も知らない。でも、SNSの世界は広すぎて、誰もマスターできないんじゃないかという気さえする。若者はそれに飽き始めているしね。
WWD:インフルエンサーについては?
サンダー:インフルエンサーという存在は認識していて、彼らがブランドに貢献していることも理解している。今日のデザイナーは彼らの言いなりになる人さえいるようだ。私だったら私の考えを教え込む。
WWD:自撮りについてどう思う?
サンダー:写真を撮られるのが大嫌いだし、自撮りもしない。展覧会のために庭をドローンで撮影した時も、私自身はすごく小さくしか映っていない。私にはそれくらいがちょうどいいの。
WWD:最近何を着ている?
サンダー:大好きな白いシャツ。あと、「ジル・サンダー」と「+J」を着る。でも他の選択肢も探している。私にとって、クラシックなスタイルは素晴らしいけど、その中にファッション要素や少しのクセが欲しい。これを見つけるのはとても難しい。
WWD:ビッグマックにはまっているとか。
サンダー:みんなが驚く。30年間クシュタートに家があって、友人が2〜3カ月滞在することがよくあったから、車で家へ向かう道すがらマクドナルドに寄っていた。それは単純にアウトバーンにあるレストランよりずっと清潔だったから。絶対にクラシックバーガーしか食べないけど、始終食べているわけではない。宣伝係にはなりたくないけど、展示の中にマクドナルドの紙袋を入れたの。おもしろいと思える内容にしたかったから。アクセサリーは常に真面目である必要はない。たまには面白いものもいいと思う。
WWD:運転は好き?
サンダー:父が車を扱う商売をしていたし、アウトバーンを走ると休暇に入ったような気になる。最初にフォルクスワーゲン(VOLKSWAGEN)を買ったのは18歳の時だった。車のデザインと、そのデザインがどう変化するのかにずっと興味があった。運転なら10時間連続くらい余裕だ。
WWD:今は何に乗っている?
サンダー:驚くかもしれないけど、30年間同じベントレーに乗っている。他の女性はダイヤモンドを欲しがるかもしれないけど、私は車が欲しかった。私の車はとても乗り心地がいいし、かっこいいの。
WWD:ジル・サンダー オリーブオイルというのがある?
サンダー:おしゃれなボトルとラベルに入ったヴァージンオイルだ。イビザに樹齢100年以上の大きなオリーブの木を80本ぐらい植えた。オリーブは摘んだらすぐにプレス機にかけなければいけないから、最新鋭のプレス機も用意した。あと、熟れ過ぎてはいけないから、オリーブを摘むタイミングも重要。今年は200リットル取れた。
WWD:その他にはまっていることは?
サンダー:ビューティ分野に興味がある。すでに何回か話し合いの場はあったが、時間を効率的に使いたいから注意深く検討している。また、普通の人生を生きることについて勉強中だ。これまでの私の人生は、全寮制の学校に通っているようだった。常に美に囲まれ、美を創造し、美のために闘っていた。私はチームプレータイプの人間だ。近寄りがたいと思われがちでそうは見えなかったかもしれないけれど、コミュニケーションを取ることが好き。私たちは私たちなりの方法で、独自のビジョンを持って取り組んでいた。今、私の心は軽い。何も知らない子どものような気持ちで世界を見て、いまだかつてないほど解放されている。