やたら雨が多い夏、脳裏に焼き付いているバングラデシュの縫製工場崩壊のニュース映像、服を捨てる時の罪悪感……。そんな日常のできごとやニュースを通じてサステイナブル(持続可能)な生産・消費活動は大事なことだとわかってはいるけど、実のところ何をしたらよいのかわからない。そもそも、エシカル、サステイナブル、エコ、トレーサビリティー、オーガニック、グリーンなど、関連する言葉が多くて間違えそうで安易に使えないと思ってしまう、そんな人は多いのではないでしょうか。実のところ私自身がそうです。
ファッションは全産業の中で2番目に多く地球に負荷を与える産業であるとか、日本で生産されている洋服の約半数が廃棄されているとかで、ファッション産業がサステイナブルに果たす責任は大きく、今や避けては通れない問題です。だけど日本のファッションの教育現場や企業活動において、サステイナブルへの取り組みは遅れています。サステイナブル先進国のイギリスなどと比べると2歩も3歩も4歩も5歩も遅れていると言っても過言ではないでしょう。
日本ではサステイナブルへの意識は、若い人たちの方が高いようです。私は15年くらい前からファッションの専門学校の卒業審査会にうかがっていますが、5年ほど前から“地球”や“ゴミ”“リサイクル”といったサステイナブルにつながるテーマを選ぶ学生が増えています。右肩上がりの経済の中で育った上の世代と比べて、今の10代や20代は、自分自身や社会や地球の“未来”について楽観視はしていないようです。
そんな若者とファッションを結び付ける服飾専門学校では、サステイナブルをどう授業に取り入れるかが課題というか、難題になっています。服の作り方を教えてきた先生たちにとっては、自分も知識が薄いサステイナブルについて突然教えよと言われても無責任なことはできない……というのは本音でしょう。そもそも教えるツールが少ないですしね。同じことがファッション関連企業のリーダーたちの悩みでもあるようです。
そこで、授業やビジネスの中でサステイナブルを考える一助となるアプリをご紹介します。ケリング(KERING)が作った「My EP&L」です。ケリングは、フランソワ・アンリ・ピノー(Francois Henri Pinault)会長兼最高経営責任者(CEO)が率いるフランスの企業で、傘下には「サンローラン(SAINT LAURENT)」「グッチ(GUCCI)」「ステラ マッカートニー(STELLA McCARTNEY)」「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」「バレンシアガ(BALENCIAGA)」「ブシュロン(BOUCHERON)」といったラグジュアリー・ブランドが連なっています。以前からリアルファーやレザーの不使用など熱心にサステイナブルに取り組んでいる「ステラ マッカートニー」に加えて、今年11月には「グッチ」もリアルファーの使用中止を宣言して話題になりました。これら各ブランドの取り組みに加え、ケリング全体でもサステイナブルに熱心に取り組んでおり、アプリ「My EP&L」はその一環です。
このアプリはジャケット1着を作るとして、素材や付属品を世界のどこから調達し、どこで縫製をするかなどひとつひとつ自分で選択をしてゆくと、完成品が環境にどのくらいの負荷をかけるかが算出されるというアプリです。移動距離が増えればCO2の排出量が増えてその分環境への負荷が増える、といった具合です。もちろん実際のビジネスでは、アプリでは知り得ない“現実”があるでしょうが、少なくとも自分たちの選択のひとつひとつが数字に反映されるということを実感することができるアプリなのです。何より、チャチャッと打ち込めば、パパッと結果が出るゲーム感覚の手軽さが楽しいのです。
“間違えたらいけない”となりがちな日本人の真面目な性格は、サステイナブル後発国にしているひとつの要因になっていると思います。教える側の先生も事業をリードする企業の責任者も、悩みながらでOK。大多数の人が胸の内では気になっているのだから、間違えることを恐れずに、とにかく話始めましょう。それが未来をつくる第1歩だと思います。ちなみにこのアプリ、パーソンズ美術大学やロンドン・カレッジ・オブ・ファッションをはじめとした複数の教育機関がすでにカリキュラムに導入しているそうです。