ファッション

ラフの「カルバン・クライン」は50のアメリカンで無限のエモーションを喚起する

 これほどまでに、さまざまなエモーションを喚起するコレクションがあるだろうか?筆者の正直な感想は、「なんだか切ない」。けれど、別の人は「力強い」と言い切り、また別の人は「懐かしい」と回顧する。同じコレクションが、見る人によって十人十色の感情を喚起した。

 ラフ・シモンズ(Raf Simons)による「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」の2018-19年秋冬コレクションは、17-18年秋冬のデビューから続くマーチングバンドやウエスタン、警察官らのユニフォーム、パッチワーク、そしてアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)など、“アメリカそのもの”な要素を引き続き継承。今シーズンはそこに、消防士、少女時代、戦争など、これまたアメリカンな要素をさらに加えたハイパーミックスだ。

 18-19年秋冬に加えた消防士や戦争などの要素は、ラフが18年春夏に焦点を当て、今シーズンは他のデザイナーさえ刺激した感のある“人間のダークサイドへの探求”から生まれたものだ。防火服を思わせるニットの目出し帽やシルバーコーティングのコート、サイハイブーツは消防士というよりはレスキュー隊員のよう。バッグにプリントされたウォーホルの作品は、自動車事故直後の現場を収めたようなおどろおどろしさで、道路には血の海が広がり人間が叫んでいる。ビッグサイズのコートを手に持って歩くモデルは、それを脱ぎ捨て火の海に飛び込む瞬間なのか?それとも、救護者にコートをかけようとしているのか?そんなことを考えると、なんだか「切ない」気持ちになった。

 しかし上述の通りある人は、引き続きダークサイドに果敢に切り込んだ姿勢を「強い」と語り、またある人はテーブルクロスのような生地で作った“大草原の小さな家”的ドレスや手に持った映画のお供のポップコーンを「懐かしい」と語る。

 ラフは今シーズン、アメリカ50州にちなみ、50のアメリカ的な要素を取り込んだという。ユニフォームやパッチワーク、消防士、少女時代、戦争……。そのどれに共感を覚えるかによって、1つのコレクションの感想は千差万別だ。ちなみに筆者は、元社会部の事件記者。事件記者時代はいくつもの事件・事故・災害現場を訪れ、人の生死に直面した。こんな経験のせいだろう。今回は防火服スタイルに特別な思いを抱き、「切ない」という感想にたどり着いたのだと思う。ラフはアメリカ50州のあらゆる人、いや、世界中の人が皆、なんらかの形で、なんらかのエモーションを抱くコレクション作りに挑んだのだ。

 デザイナーズの世界では、着方を消費者の手に委ねた“スポンテニアス(自由奔放な、気ままな)”な洋服の価値が上がり続けている。ラフはついに、着方はもちろん、洋服の捉え方さえ消費者に委ねた。

 アメリカにとって最も価値のある“自由”を、ラフは着方のみならず捉え方においても提供しようと試みる。それこそが、ファッションの世界でセックスを表現すること、着飾るが当たり前だった時代にミニマルにまとめること、カジュアルウエアをあらゆる場面で誇らしく着ることの“自由”を勝ち得た「カルバン・クライン」へのオマージュなのだろう。

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