“キング オブ ストリート コミック”の愛称でおなじみの「トーキョートライブ(TOKYO TRIBE)」の作家・井上三太が昨年12月、拠点をアメリカ・ロサンゼルスに移した。事務所機能だけを日本に残し、これまで通り日本の仕事は継続しつつも今後はアメリカに腰を据える。東京のストリートを舞台に描いた「トーキョートライブ」は、シリーズ累計発行部数250万部を超えるヒット作で、2006年にアニメ化され、14年には映画監督の園子温により実写化もされた。1968年生まれで現在49歳の井上が今渡米し、新たな環境にチャレンジするのはなぜなのか?本人に聞いた。
WWD:渡米のきっかけは?
井上三太(以下、井上):ハリウッドにメルトダウン(MELTDOWN)というコミックショップがあるんですが、20年ぐらい前に遊びに行ったときに店主のガストン・ドミンゲス(Gaston Dominguez)と友達になりました。それで、15年ほど前からアメリカで勝負してみたいと相談していたのですが、「打ち合わせに参加できないとチャンスを逃すし、LAに住んでいないと難しい」と言われていたんです。実際にいくつか面白い話はもらったけど、実現しなかった。その頃は、渋谷に自分のファッションブランド「サンタスティック! (SANTASTIC!)」の店や漫画家としての事務所もあり、連載も持ったりしていたのでなかなか決心がつかなかったのですが、今はインターネットで簡単にやり取りもできるので、東京の事務所はスタッフに任せ、お店は閉めて渡米することに決めました。
WWD:それから渡米までの流れは?
井上:アーティストビザをとれば漫画を描けることはわかりました。ただ、それだと漫画以外の仕事ができない。ファッションブランドの「サンタスティック!」もLAから再発信したいという気持ちがあったので、1年かけてグリーンカードを取得しました。
WWD:渡米後の仕事のスタイルはどう変化する?
井上:しばらくは東京のアシスタントを経由し、これまで通り日本の仕事をする予定です。LAでできることが何か、具体的にはまだわかりませんが、現地で顔を見ながら打ち合わせして本当の意味でコラボレーションしたいですね。30年以上同じ仕事を続けてきてマンネリの波もあるので、環境を変えてチャレンジしたいと思っています。
WWD:日本のカルチャーが世界で通用すると思うか?
井上:アニメや漫画に関しては世界の中で日本がリードしていると思っています。僕は20歳代前半頃、グラフィックデザイナーのスケシン(スケートシング)と出会って、「ア ベイシング エイプ(R)(A BATHING APE(R))」などを立ち上げていく光景を横で見ていました。この前もLAで開催されたファッションコンベンションの「コンプレックスコン(ComplexCon)」に行ってきましたが、世界規模で裏原宿のようなブームが来ていることを痛感したし、ただのスケボー少年が一流デザイナーとなって、世界の人に価値を認めてもらっている様子を目の当たりにしました。ストリートカルチャーがアートとして通用する新しい時代になってきたのではないでしょうか。漫画家って絵は描けるけど、デザインすることに興味がある人は少ないと感じています。例えば絵を飾るにしても、額一つがその絵を生かすか殺すか決める。大切なことのはずなのに、そこには無頓着です。僕は洋服のデザインも手掛けてきたので、絵を描くこととデザインすることの両方ができればチャンスはあると思っています。
WWD:漫画以外で具体的には何をする?
井上:目標は映画を作って、フリーウエイから見えるビルボードに広告を掲げることです。渋谷の街を描いた「トーキョートライブ」をそのまま向こうでやりたいですね。実は、リアルな渋谷を表現した映画はありません。渋谷区は映画やドラマの撮影が禁止されていて、NYもパリも香港もその街で撮られた映画はたくさんあるのに、リアルな東京の街を表現する映画はない。唯一ある「Lost in Translation」は、全部ダマ(許可をきちんと取らずに撮影すること)で撮っているので……。もともと「トーキョートライブ」を描いたのも東京の若者がどんな風に遊んで、ご飯を食べて、クラブに行っているのか、漫画だったら表現できると思ったからです。知らない人からは怖いと思われている街も、本当はこんな街でこんな空気感があるんだよということを伝えたかった。それをアメリカでも伝えることができればいいなと思っています。