韓国について調べ始めた頃、「韓国のECブランドは普通在庫を持たない」と教えてもらった。聞けば、毎日入った注文分だけをソウルにある東大門(トンデムン)市場で買い付けるのだという。しかし、在庫があるかもわからないのに注文を受けることが可能なのか。そもそも、東大門市場とはどんな場所なのか。それを確かめるため、実際に東大門市場を利用する企業に協力してもらい、深夜の東大門市場に足を運んだ。
東大門市場には巨大なショッピングモールがいくつも並んでおり、一般人が来ても購入ができる小売り専用のモールと、業者を相手にする卸専門のモールがある。外見からはわからないが、中に入ると小売り専用のモールはいわゆるショッピングセンターであるのに対して、卸専門のモールは通路が狭く、所狭しと在庫が積まれたバックヤードのような構造になっている。モールごとにも出店工場の特色が分かれており、大まかに欲しいテイスト、価格帯によって訪れるモールが分かれているらしい。
また、東大門市場には20時から深夜2時頃まで営業する夜市と、深夜0時から翌朝8時頃まで営業する朝市があり、それぞれのモールで営業時間が決まっている。ECサイトのオーダーを18時頃に締め切り、翌日発送のオーダー分をまとめて電話で発注をするため、市場はこの時間の営業になる。すでに付き合いのある企業と工場なら、電話予約だけで夜中にピックアップをしに行くということも可能だ。ちなみに、朝市のモールの方が単価が安く、見せ方も若干雑な印象を受けた。
市場に入ると、そこはいわゆる“市場”と聞いて連想するような場所ではない。店ごとに区切りがあり、店舗名があってきちんとラックもある。店員だって若い女子がほとんどで、皆一様にオシャレをした立派な販売員だ。市場に出店するのはODMを手がける生産工場で、自社工場でパタンナーが作った商品を大量生産し、こうして毎日モールに新商品を並べる。自社ECを営むブランドは自社専用のデザインや商品を持っていないことがほとんどで、こうして市場に並ぶ商品を自社ブランドの商品として扱う。だから東大門まで買い付けに来て出店工場の担当者と下代の価格交渉をし、ある程度のロット数で買い付けをするというのが一般的な流れだという。実際にモール内ではいたるところで値段交渉が行われ、そうでない販売員(?)はコーディネートを組んだり、商品の袋つめに追われたりと、常にバタバタとしている印象を受けた。しかも、市場では基本的に現金でのその日払いが鉄則だという。
驚くのが商品の扱い方だ。購入&注文が入った商品は全てビニール袋に入れられ、店の前に置かれている。手書きで注文者の名前が書いてあって、電話注文した企業はここから勝手にピックをするのだそう。地方からの買い付けには専用の運び屋までいて(なかなかの高収入らしい)、モールの外に行き先ごとに置かれたビニール袋の山を回収し、届ける。こんな大雑把な管理でミスや盗難が起きないから本当にすごい。
市場から一歩外へ出れば、そこには観光客向けの小売りの屋台が並んでいる。また、モールのすぐ近くには名札専門の業者が入るビルまであり、買い付けた商品を預けると翌日までに自社ブランドのタグを付けてくれるのだそう。これで、買い付けた商品を自社商品として納品してもらうこともできるわけである。
現場で感じたのは、やはり並々ならぬ活気だった(それでも僕が訪れたのは夜の22時頃だったため、まだピークに入る前だったらしい)。韓国には1人でECを立ち上げ、東大門市場で買い付けをして少しずつファンを集め、大きなブランドへと成長していく企業がたくさんある。「スタイルナンダ(STYLENANDA)」のような年商100億円規模のブランドだって、東大門市場から巣立っている。ここに買い付けに来る人々はみなアメリカン・ドリームならぬ“コリアン・ドリーム”をつかむべく、必死でビジネスを行っているわけである。実際組合などがあるわけではないので、素人が通い始めて少しずつ工場との信頼関係を作っていく他に成功法はない。ちなみに最近では中国なんかのコピー業者が買い付けのふりをして写真を撮りに来て、それを元にさらに安い値段で質の悪い商品を大量生産・販売している事例もあるのだそう。
そんな東大門市場のすぐ隣には、2014年にできたばかりのザハ・ハディッド(Zaha Hadid)による東大門デザインプラザ(通称DDP)がある。ここでは年に2回ソウル・ファッション・ウイークが開催されることもあり、非常に現代的な空間となっている。道路を挟んで昔からある東大門市場と最先端のDDPが並ぶというちぐはぐさもある意味で成長著しい韓国らしい街並みだなと感じた夜だった。