「キャンセル(Cansell)」というホテル予約の売買ができるサイトを知っているだろうか。ヤフー出身の山下恭平Cansell社長が2016年に開始したサービスで、急な予定変更などでどうしても宿泊ができなくなったというユーザーが、予約キャンセルをする前にその宿泊予約自体を宿泊希望者に売ることができるというもの。売る側のユーザーにとってはキャンセル代金を極力払わずに済む一方で、泊まりたいユーザーにとっても定価より安く宿泊ができるとあって、この1年で利用者を急激に伸ばしている。利用者にとっても、ホテル側にとっても無駄をなくすという点では、近年注目が集まるフリマやレンタルといったシェアリングサービスの一種ともとらえられるが、案外こうしたサービスはこれまで出てこなかったのだという。サービスの構想からアパレル分野への拡大といった今後の可能性まで、山下社長に聞いた。
WWD:「キャンセル」のシステムについて、改めて教えてください。
山下恭平・社長(以下、山下):仕組みは非常にシンプルで、ホテルを予約したのに行けなくなった場合にキャンセル料を払うくらいだったら、誰かに泊まる権利を売ってしまおうというサービスです。価格は出品者が自由に設定できますが、転売を防ぐために定価以上の設定はできません。例えば、5万円の宿泊予約をしてキャンセルする場合、キャンセル料が20%の時点では1万円支払えばキャンセルができますよね。でも、そうではなくて、定価の5万円で出品して売買が成立すれば、他の人が5万円で宿泊できて、キャンセルした人も手数料(一律で売買額の15%)を除けば1万円を支払うことなくキャンセルできるんです。キャンセル料がかかってしまう人を救うためのシステムで、マイナスをいかにゼロに近づけるか、という考え方ですね。
WWD:個人間取引という点では、「メルカリ」といったフリマアプリとは何が異なるのでしょうか。
山下:フリマアプリは基本的にプラットフォームを提供して終わりですが、われわれはユーザーの間に入ることでクオリティーを担保しています。具体的には、売りたい人が出品申請をした段階でわれわれが審査をします。例えば、本当に予約がされているか、すでにキャンセル料がかかっているのか、ホテル側に名義変更をしてもいいかといった確認をして、掲載します。もちろん、価格設定や掲載終了時期の決定は売り手が行います。
WWD:ホテルとは提携しているのでしょうか。
山下:していません。ホテル側にその都度名義変更の確認をしますが、基本的に断られることはないですね。というのも上司や親のために予約をとったりと、宿泊者の名義変更はよくあるみたいで、誰でもできることなんです。
WWD:利用できるホテルのランクは?
山下:とくに制限しているわけではないので、高級ホテルからビジネルホテルまであります。利用が多いのは宿泊費3万〜4万円あたりです。
WWD:掲載される(キャンセルしてしまう)のは、宿泊予定のどのくらい前が多いのでしょうか。
山下:それもまちまちですね。最近は予約した段階でキャンセル料が100%かかってしまうお得なプランなども多く、1カ月前といった早い段階で出品されたりもしますし、翌日の予約という場合もあります。
WWD:成約率はどのくらいですか。
山下:まだまだ高くはないですが、この1年半でニーズがあることは確信できました。これまでを試験期間だととらえて課題や目標が見えてきたので、これから改善ができるはずです。
WWD:あらためて、創業に至った経緯を教えてください。
山下:自分自身の体験があったわけではないのですが、起業に当たって当初はインバウンド向けのグルメ予約サービスを考えていました。でも、「あったら便利だがなくても困らないのでは?」ということを思い、事業化をあきらめました。そんな中で、権利の売買にまつわるサービスを考えていて、旅行のキャンセル料という課題にたどりつきました。昨年1月に4000万円の資金調達を実施して事業化しましたが、引き続き資金調達は実施しようと考えています。
WWD:現在の組織体制について教えてください。
山下:現状社員が7人、インターンを合わせても8人です。この1年半で見えてきた課題に対して、今まさに次のフェーズに入るところで、採用を強化しています。
WWD:こうしたサービスは意外となかったんでしょうか。
山下:日本では全くなくて、海外だと類似サービスはありました。おそらく、ビジネスにするには課題や大変な部分が多くて、ロジカルに考えるとやらないほうがいいんですよね(笑)。旅行シーズンに大きく影響されますし、実際フリマを使って個人で権利の売買をすることだってできるわけですし。ただ、僕としては、“キャンセル料をどうにかしたい”という課題解決があって、その前の問題なんかはどうにでも突破できると思っています。将来的なサービスの形もいくつも考えつくので、少しずつ改善していけばいいんだと考えています。
WWD:次の目標や企業としてのスローガンはありますか。
山下:まさに考えています。言葉を考えるだけなら簡単ですが、そもそも“必要とされるものを作ってなんぼ”だと思います。途中で登る山が変わったりすることもありえるので(笑)、まずはきちんと事業の方針を決めて、これからビジョンを掲げていきたいと思います。
WWD:これまでなかった場所に価値を生み出すという観点が、レンタルやフリマといったシェアリングビジネスに近しいように感じます。
山下:僕のマインドとしては、シェアリングという文脈ではないんですよね。シェアって空いているものを有効活用しようみたいなイメージですが、このサービスはそもそもキャンセル料という課題に対する解決手段です。「1を10にしようという」とか効率化という目線で考えられたシェアサービスはたくさんありますが、すでにマイナスからスタートしている事業は意外とないんじゃないでしょうか。フリマのようなCtoCビジネスとは、近いかもしれないですね。
WWD:アパレルでは2次流通が小売にとって“悪影響を及ぼすものだ”という固定観念がありましたが、ここ数年で受け入れられはじめ、直近ではアパレル企業がレンタル、中古会社を買収した例もあります。ホテル業界において、こうした市場での関係性についてどう見ていますか。
山下:この仕組みがあったほうが、業界全体にとっていいはずだと思うんですよね。服もそうだし、車もそうですが、2次流通が発展している業界は1次流通もうまくいっているんだと思んです。古本なんかもそうですが、売って、次のものを買おうという流れが確立されていますから。
WWD:ホテルに限らずキャンセルというのは非常に大きな課題となっていますが、他分野でポテンシャルを感じる部分はありますか。
山下:キャンセルは飛行機などいろんな分野で課題になっていますが、業界によって仕組みが違いますよね。例えば最近話題のレストランの予約キャンセル問題なんかは、飲食店側の課題なんです。ユーザーからすれば無断キャンセルしたところで、なんの損もしないんですよね。今の「キャンセル」はあくまで消費者にとって便利なシステムなので、今後レストランの予約キャンセルにお金がかかるような仕組みになれば、「キャンセル」の仕組みを使えるかもしれません。
WWD:アパレル業界へのサービス拡大の可能性はありますか?
山下:モノとコトでも仕組みが異なるのかもしれません。モノだと持ち続けても価値が一定のところまでしか下がらないですが、権利はある時点を過ぎれば価値がゼロになりますから。なので、今後モノへとサービスを広げる際にはアパレルなんかが一番の候補に上がってくるとは思いますが、すでにフリマなどの売買できる仕組みができているということもありますし、今は体験の方が親和性があると思います。