これまでストリートアートやグラフィティアートは公共の壁に描かれるものだった。しかし、それをデジタル化して世界中どこからでも誰でも参加できるコンテンツへと変えたのが、アプリ「ウォールタイム(Walltime)」だ。
「ウォールタイム」が実現したのはビデオを公共の壁に投影する新しい形のストリートアートだ。ニューヨーク・バワリーのストリートアートの名所、ヒューストン・ストリートに、ユーチューブ(YouTube)やヴィメオ(Vimeo)にアップした動画コンテンツをあらかじめ決められた金額で、アプリを通じて誰でも投影することができる。1月のスタートから、これまでアプリを通じてコンテンツを投影した参加者には、覆面グラフィティ・アーティストのバンクシー(Banksy)、歌手で女優のジャネール・モネイ(Janelle Monae)、ラッパーのエイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)などが名を連ねる。
バンクシーが3月に「ウォールタイム」で投影したのは、トルコ人アーティストのゼフラ・ドアン(Zehra Dogan)の、トルコ治安部隊が破壊し制圧したトルコとシリアの国境地域、ヌサイビン地区を風刺的に描いた作品だ。彼女はこの作品を描いてSNS上に発表したことでトルコ政府に拘束され、投獄された。バンクシーは「ウォールタイム」で彼女の作品を投影するとともに、その下に彼女の解放を訴える作品を描いた。アレックス・S・ヴァンドロス(Alex S Vandoros)=ウォールタイムNYC共同設立者兼最高経営責任者(CEO)は、「バンクシーのチームからメールが届いたとき、ジョークかと思ったよ。彼は実在するのかどうかも微妙な存在だからね。ゲリラ的に作品を描く彼が作品を壁に投影するためにお金を払うなんて、彼のポリシーに反しそうなことだが『ウォールタイム』にはきちんと支払ってくれた(笑)。バンクシーは活動をサポートするPRのオフィスも持っているんだ。正真正銘のプロで、非常に尊敬するよ。彼は悪評と名声を良い意味で使いこなしている」と振り返る。
ジャネール・モネイは、「PYNK」のミュージックビデオを「ウォールタイム」を通じてリリースした。アプリを立ち上げて壁に近づくと、ミュージックビデオと連動した新曲を聴くことができる仕組みだった。エイサップ・ロッキーが4月5日にリリースした「A$AP Forever」のミュージックビデオを投影したときは、壁の前に人だかりができた。
「ウォールタイム」は人々の口コミで広まった。ヴァンドロス共同設立者兼CEOは「SNSを通じて物件や、テクノロジー、人々を統合して、結集させたい。他からの広告出稿はほとんど断っている。出稿主は何日か続けて投影したがるから他のコンテンツを見せられないし、それは『ウォールタイム』が目指しているものではないから。『ウォールタイム』のテクノロジーは、LEDの屋外スクリーンや電子掲示板など、どんなデジタルディスプレーもシステムに接続できる。バワリーはその第1拠点だ。『ウォールタイム』は屋外広告というより、屋外雑誌だ。これまで大きなブランドにしか利用できなかった公共の巨大なエリアを個人やアーティストが利用できるんだ」と語る。今後はハーレムやウエストチェルシーなどに投影場所を設けることや、施設のオーナーとナイトイベントなども計画中だという。