機械編みと手編みを融合させたユニセックスのニットブランド「ラニット(L’ANIT)」は、伊勢丹新宿本店でのポップアップショップの開催や、スタイリスト二宮ちえさんのゲリラフォトシューティングプロジェクト「nice to meet you」とのコラボレーション写真集を出版するなど、ニットブランドの枠を超えて活動している気鋭のブランドだ。
実はデザイナーの高橋彩水さんとは販売員時代の同期で、かれこれ11年もの付き合いになる。今回あらためて話を伺い、彼女の情熱が偶然を引き寄せていることを強く感じた。特別な才能がなくても、否定され続けても、それを原動力に変えて前を向き、ニットを作り、ファッションと人とコトをつなげていく。その姿勢はこれからデザイナーやファッション業界を目指す方に希望を与えるのではないかと思い、彼女がブランドを設立した経緯を紹介させていただく。
「ラニット」と次回紹介する写真集「nice to meet you」は、偶然に偶然が重なり、まさに点と点が線になって生まれたものだと思う。まずは前編として「ラニット」が生まれた背景を、後編で写真集「nice to meet you」とそれがいかにして生まれたかを書きたい。
福島県川俣町生まれの高橋さんは大学生の頃、興味があった繊維工場巡りツアーに参加。群馬県桐生市に足を運び、ファンシーヤーンに出合って衝撃を受け、ニットを仕事にしたいと強く思った。ワールドストアパートナーズに入社し、販売員として働く。入社後にワールドがニットから始まったアパレルメーカーだったことを知る。これが1つめの偶然だ。その後、ニットを得意とする日本のブランド「アンドゥミ(1/2 UN-DEMI)」に転職。これが2つめの偶然。というのも彼女は自ら希望して入社したのではなく、紹介されて転職したからだ。
そしてここでの経験が彼女を大きく変えることになる。プレス業務なども経験できたおかげで業界のことを深く理解できるようになり、ニットを仕事にするためには工場へ行くべきだと考えるようになる。そして地元である福島にたどり着く。実は生まれた川俣町はシルクの産地で、隣町の伊達市は全国有数のニット産地だったのだ。暮らしていた当時はニット産地であることを意識したことはなかったそうだ。そして友人の両親がニット工場を経営していたことを思い出し、運よくその工場で働くこととなる。
そして2011年2月末、地元の福島県へUターン。その直後に東日本大震災が発生した。それから福島県や東北を取り巻く状況がどのように変わったかは、多くの人がご存知のことと思う。そしてこの震災が、ファッションとは何かを自身に問いかけるきっかけになったと彼女は言う。ブランドを設立しようと思ったのもこの時だそうだ。工場では自分よりもひと回り以上年上の、ファッションに興味があるようには見えない人たちばかり。そんな中で某大手デザイナーズブランド名が飛び交うのが面白く、チェックのパンツにチェックのエプロンをつけるなど、無意識にそういうスタイリングをしていることが斬新でとてもかっこよかったと当時を振り返る。この無意識から生まれる創造を生かして企画にできないか……。時が経ち思いは強くなる。
そして13年のある日、目を通していた「繊研新聞」でエスモードジャポンに新設されるコースの募集記事を見つけて応募し、14年4月、Accessing Mode Identityコースに入学する。このコースは、講師に坂部三樹郎さんと山縣良和さんを迎え、ファッション以外の分野からゲストを招いてワークショップを実践するなど、世界レベルの人材育成を目指すものだったが、実はこの1年間のみの幻のコースとなってしまった。
ニットを一切学ばず、業界外の人と関わって学んだ1年間、彼女の作るモノはずっと否定され続けた。だからこそそれが彼女の考える力、原動力になったという。ファッションとは何かということについて、一切答えをもらうことができず自問自答の日々を繰り返していた。
14年12月、手編みでさえ初心者だったが、工場時代のシステムを思い出しながら編んでみたら1着のニットができた。まさに技術ではなく情熱で完成した奇跡の1着。それからものすごいスピードで編み続け、15年3月の卒業ショーまでになんとか12体のルックが完成した。卒業ショー=デビューショーということはあらかじめ決まっていたため、ここで「ラニット」のお披露目となったのである。(次回に続く)
高山かおり:北海道生まれ。北海道ドレスメーカー学院卒業後、セレクトショップのアクアガールで販売員として勤務。在職中にルミネストシルバー賞を受賞。その後、4歳からの雑誌好きが高じて転職、2012年から代官山 蔦屋書店にて雑誌担当を務める。主に国内のリトルプレスやZINEの仕入れを担当し、イベントやフェアの企画、新規店舗のアドバイザー業務(雑誌のみ)、企業・店舗などのライブラリー選書、連載執筆など幅広く活動。18年3月退社。現在は編集アシスタントとして活動しながら本と人をつなげる機会を増やすべく奔走中。