現在パリで開催中のマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)に関する2つの展覧会に足を運んだ。ガリエラ美術館(Palais Galliera)で開催している、彼が「
メゾン マルタン マルジェラ(MAISON MARTIN MARGIELA)」を率いた約20年間のコレクションを振り返る「マルジェラ ガリエラ―1989/2009(Margiela Galliera―1989/2009)」と昨年アントワープのモードミュージアム(MoMu)で開催され、現在パリ装飾芸術美術館(Les Arts Decoratif)で開催中のマルジェラが「
エルメス(HERMES)」のクリエイティブ・ディレクターを務めた10年間に焦点を当てた展覧会「マルジェラ:ザ・エルメス・イヤーズ(Margiela:The Hermes Years)」だ。マルジェラはめったに公の場に姿を現すことがなく、プレス対応は全てFAXで行うなど、多くの謎に包まれてきた。そんなマルジェラが両展覧会の作品収集やディレクターとして携わったことでも話題になっている。
ガリエラ美術館の回顧展は、駐車場で行ったプレゼンテーションの映像で始まり、デビューコレクションの古着を再利用した作品が年代順に展示されている。デッドストックのスカーフをつぎはぎしたドレスや、使い古した8足の靴下で仕立てたトップス、再生繊維の実用化などにも、ここでは積極的に取り組み、大量消費社会を象徴するファッションの在り方に疑問を投げかける。貧民街の広場や薄暗い高架下を会場に、一般人をモデルとして起用するなど、現在多くのブランドが取り入れている演出を最初に行ったマルジェラの「規格外」と称されたショーも映像で見ることができる。インスタレーションでは、日本のフォトグラファー都築響一の作品集「着倒れ方丈記Happy Victims」から着想を得た、マルジェラの作品で埋め尽くされた狭いアパートの部屋が現れ、出口前にある壁には、回顧展に携わった人に向けて「夢を実現させてくれてありがとう」と直筆のメッセージが書かれていた。
マルジェラが育ったのは裕福な家庭ではなかったために、学生時代に古布や身の回りにある物を使って衣服を制作したことから、「メゾン マルタン マルジェラ」のコンセプトが生まれた。デビュー当初はフランスの「リベラシオン(LIBERATION)」紙や仏「ヴォーグ(VOGUE)」誌に「ピュアな貧乏主義」「浮浪者風の作風」と評されたという。そんなアバンギャルドなデザイナーが、ラグジュアリーブランド、「エルメス」のクリエイティブ・ディレクターに就任したニュースは、当時の人々に衝撃を与えた。この就任劇は、マルジェラのショーで何度かモデルとして起用された、サンドリーヌ・デュマ(Sandrine Dumas)が、父で当時エルメスのCEOだったジャン・ルイ・デュマ(Jean Louis Dumas)にマルジェラを紹介したことがきっかけだという。「両者は対極のように見えたが、互いに持つラグジュアリーの意義が“永遠性”であることと、『エルメス』に対するビジョンがすぐに合致した」と振り返った。
当時は、マルジェラの大胆で破壊的な手法が「エルメス」で発揮されると期待されたが、非常に繊細なアイデアでミニマルを追求したコレクションは、メディアから理解されなかった。「マルジェラ:ザ・エルメス・イヤーズ」では、「エルメス」とマルジェラの作品を隣合わせに展示して、両者の関係性やこれまでは見えてこなかったつながりを探っている。
「エルメス」の洋服は脱構築を基本としながらも、流れるように滑らかで長く柔らかいシルエットが強調されている。マルジェラは、「エルメス」の信条“エレガンスとはムーブメントの中にある”に呼応し、服をまとう女性の動きに適応したデザインを目指し、若さを強調する他ブランドとは一線を画した。例えば、マルジェラ時代の「エルメス」を象徴するデザインである“ヴァルーズ”と呼ばれる深いVネックのカットは、服を脱ぐときに髪が乱れるのを防ぐためにデザインされた。大きく開いた首回りから、もしくは肩から下ろして脱いでもよいという考えで、「メゾン マルタン マルジェラ」でも多用されたデザインだ。アウターには脇の下に隠れたスリットを入れ、コートやケープとして着られるなど、異なる方法で着られる服をいくつも打ち出した。最も筆者の印象に残ったのは、ボタンに6つの穴をうがち、縫い付ける糸でエルメスの頭文字“H”を表現するというアイデアだ。
「エルメス」の顧客にはシーズンを重ねるごとに高い評価を得て、プレタポルテの売り上げも伸びていった。ジャン・ルイ・デュマの息子、ピエール・アレクシス・デュマ(Pierre Alexis Dumas)「エルメス」アーティスティック・ディレクターは「父はマルジェラの深い洞察力や、実用的な知恵を用いた手法に魅せられていた」と語った。10年以上経過した今でも、時代遅れに感じることのない作品は、マルジェラと「エルメス」が目指した“永遠性”を体現する洋服だ。
ブランドを手放してからひたすら絵を描き続けているというマルジェラが、2つの展覧会に自ら協力してまで伝えたいこととは一体何だろうか?カート・デボ(Kaat Debo)=モードミュージアム ディレクター兼キュレーターは「マルジェラ:ザ・エルメス・イヤーズ」の開催理由を、「インターネットやSNSで記録される前の時代に活躍したマルジェラの存在や才能の記憶を失わないため」だと語った。当時を知る人々にとっては懐かしさとともに記憶が蘇り、マルジェラを知らない若い世代にも、彼の前衛的で比類なき才能に触れられる貴重な機会となるはずだ。また、両展覧会は違う視点からも話題になっている。フランスの「ルモンド(LE MONDE)」紙やイタリアのファッション誌「グラツィア(GRAZIA)」、イギリスのウェブマガジン「デイズド(DAZED)」では「展覧会でマルジェラの作品を見れば、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)の『ヴェトモン(VETEMENTS)』がいかにマルジェラの作品を模倣しているかが分かる」「マルジェラが現役であれば、『ヴェトモン』は存在しなかっただろう」などと「ヴェトモン」を揶揄した。これまでもメディアで議論されてきた話題だが、あらためてマルジェラのアーカイブを振り返ると、いくつもの作品が「ヴェトモン」と見分けがつかなかった。特に、「メゾン マルタン マルジェラ」が2000年代に発表した“オーバーサイズ”コレクションや、ライターやコルクなど身の回りのものを使った小物、裏表をひっくり返したデザインなどがそうだ。もしマルジェラがオマージュを超えた模倣や、それらのブランドを過大評価するメディアへの警鐘として展覧会に協力したとするならば、2つの展覧会は効果的だと言える。
「マルジェラ:ザ・エルメス・イヤーズ」の図録の中に掲載されたインタビューで、ピエールは父の言葉を引用して「マルタン・マルジェラは目に見えない。だが、酸素のように不可欠な存在だ。常にわれわれに新しいビジョンをもたらしてくれる存在だ」とマルジェラを表現した。マルジェラの作品に通底する思想は生き続け、見る者に洋服の意味を問い、これからも多くのクリエイターに影響を与える存在であり続けるだろう。「マルジェラ ガリエラ―1989/2009」は7月15日まで、「マルジェラ:ザ・エルメス・イヤーズ」は9月2日まで開催されている。
■Margiela Galliera―1989/2009
日程:3月3日〜7月15日
時間:10:00〜18:00
定休日:月曜
場所:ガリエラ美術館
住所:ガリエラ通り10 75016 パリ
■Margiela:The Hermes Years
日程:3月22日〜9月2日
時間:11:00〜18:00
定休日:月曜
場所:パリ装飾芸術美術館
住所:リヴォリ通り107 75001 パリ
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける