「ジーンズ1本の綿花栽培で飲み水10年分失う」――国際連合が3月1日にスイス・ジュネーブで開催した国際会議「ファッションと持続可能な開発目標:国連の役割とは」はファッション業界に対して警告を発した。そもそも綿花栽培では、水の消費量だけでなく農薬による公害も問題になっており、オーガニック栽培にシフトしようという動きも盛んだ。日本オーガニックコットン協会によると、綿花栽培における農薬使用のピークは1990年代で、中でも殺虫剤は全世界使用量の20%を綿花栽培が占めていた。国際綿花諮問委員会(International Cotton Advisory Committee)によると、2012年には殺虫剤の使用量は世界使用量の約14%に減少はしたものの依然高い数字を示している。耕作地に占める綿花畑の割合はわずか2%にもかかわらずだ。
国際的NPOのテキスタイル・エクスチェンジ(Textile Exchange)によると、2015年度(15年8月1日~16年7月31日)の世界で生産される2090万tもの綿花のうち、コットン生産量におけるオーガニックコットンの割合は約0.51%、10万7980tにすぎない。コットンは超ベーシック素材であり、現在ではなくてはならない素材。大量生産されているがゆえ、サステイナビリティ―を考慮した場合、改善策を考えなくてはならない素材でもある。
エシカルファッションに取り組みアルパカニットを提案する「ザ・イノウエ・ブラザーズ(THE INOUE BROTHERS...)」は、南米ペルーで環境負荷が著しく少ない究極のコットンに出合い、19年春夏にそのコットンを用いたコレクションを発表する。「作る人、売る人、着る人すべてを幸せにする」という「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の究極のコットンはどういったものなのか。
「コットンをサステイナブルなものに変えれば世界を変えることができる」と井上聡デザイナーは語る。彼らは、長らく春夏シーズンに提案できる“何か”を探し求めていた。「(最高級品質を誇る)スーピマコットンはもともと南米が原産。『スーピマの原型の植物があるのでは?』という仮説のもとペルーで探していると、たまたま出会った人が、かつてインカ時代に使われていた、大量生産される前のコットンがあると教えてくれ、そのコットンを育ててビジネスにしているスウェーデン人とペルー人夫妻に出会った」と目を輝かせる。
さらに「コットンはもともとジャングルの中で他の植物と交じって生えていたものだから、自然の中で生息する強さがあり、水の消費量は極端に少なくてすむ。水の量はおそらく、大量生産されているコットンの10~20分の1程度で栽培が可能というが、詳しくは次回現地に行ったときに調べてくる」。
ザ・イノウエ・ブラザーズは広告を打たないが彼らの取り組みを紹介する動画を制作しSNSで拡散している
そもそもコットンに着目した理由は「すべての素材の中でコットンに違和感を持っていた」からだ。「公害が問題になっているにもかかわらず、みんなが着るから超大量生産されている。関わる労働者は皮膚がんになるなどつらい状況で働いているという話も聞く。僕たちが見つけたコットンはオーガニックコットン認証のGOTSを持ち、ダイレクトトレードが可能で、価格も大量生産されているコットンの1.4倍程度。誰でも買える価格だから、みんなに楽しんでもらえるものになる」。生産はGOTS認証を得た現地工場で行い、これまでの彼らのやり方同様に生産背景にも配慮する。「肌着用に柔らかく織ることもできるし、ジャージーにもなる。シャツ地のオックスフォードのような張りも出せる素材だ」。Tシャツやパーカなどの12アイテムを用意し、価格は6000円~2万円程度(予価)のコットンコレクションになる。「冬はアルパカ、夏はコットン。1年を通じて着られるものがようやく提案できる。僕たちが興奮したのは、アルパカよりも安い点に加え、これまでのファッションの傾向を変えるポテンシャルが高い点だ」。彼らがこだわる着心地もテスト済みだ。「アルパカコレクションと同様、中毒になるくらい着心地がいい。他のコットン製品が着られなくなるかも(笑)。これからは『変わらないファッション』が求められていると感じる。これまでの見た目のファッションから体感するものへ――着ていて気持ちいいファッションが求められるようになると思う」。コットンコレクションは19年春夏パリ・メンズ・ファッションウィークで披露する予定だ。その後、日本でも展示会を開く。
「ザ・イノウエ・ブラザーズ」はデンマークで生まれ育った日系二世兄弟、1978年生まれの井上聡と80年生まれの清史によるファッションブランド。2004年のブランド設立以来、生産の過程で地球環境に大きな負荷をかけない、生産者に不当な労働を強いない“エシカル(倫理的な)ファッション”を信条とし、春夏は東日本大震災で被災した縫製工場で生産するTシャツ、秋冬は南米アンデス地方の先住民たちと一緒に作ったニットアイテムを提案する。プロジェクトを通じて、世の中に責任ある生産方法に対する関心を生み出すことを目標にしている。兄の聡はコペンハーゲンを拠点にグラフィックデザイナーとして、弟の清史はロンドンでヘアデザイナーとしても活動。そこで得た収入のほとんどを「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の運営に費やす。