左から、ソフィー・ハックフォード、エイドリアン・チェン、スージー・メンケス
アレクサンドル・アルノー=リモワ共同CEO
左から、マリア・グラツィア・キウリ「ディオール」アーティスティック・ディレクター、スージー・メンケス
左から、フェデリコ・マルケッティ=ユークス ネッタポルテ最高経営責任者、スージー・メンケス、ジョナサン・ニューハウス=コンデナスト・インターナショナル会長兼最高経営責任者
4月18、19日の2日間、米コンデナスト(CONDENAST)が主催するカンファレンスに参加した。ファッション・ジャーナリストのスージー・メンケス(Suzy Menkes)がホストを務め、各国のクリエイター、創業者、編集者をゲストに迎えスピーチやトークセッションが繰り広げられた。年に一度の催しである同カンファレンスの今年の開催地は、ポルトガルの首都リスボン。海が目の前に広がるコメルシオ広場に面したイベント会場に、2日間で33人が登壇し、さまざまな視点から現代におけるラグジュアリーの意味を探った。参加費は4900ユーロ(約64万円)と高額だが、チケットは完売し、各国から業界関係者が集まった。
マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)「ディオール(DIOR)」アーティスティック・ディレクターや、ジャンバティスタ・ヴァリ(Giambattista Valli)、母がポルトガル出身だというシモーネ・ロシャ(Simone Rocha)など著名デザイナーらが登壇したが、聴衆が熱心にメモを取りながら耳を傾けていたのは、フェデリコ・マルケッティ(Federico Marchetti)=ユークス ネッタポルテ グループ(YOOX NET-A-PORTER GROUP以下、YNAP)最高経営責任者(CEO)や香港出身の起業家で大富豪のエイドリアン・チェン(Adrian Cheng)など、クリエイションよりもビジネスの話だった。なかでも、デジタル化が進む現代におけるラグジュアリーファッションビジネスの在り方や、急成長する中国マーケットに話題は集中した。
マルケッティCEOは具体的な数字を出しながら、ECサイトがラグジュアリーファッションのビジネスに欠かせない4つの要素について述べた。「1つ目はローカライゼーション。国によって求められるサービスは異なり、郷に入っては郷に従うべき。例えば、時間に正確な国民性の日本では、時間指定の配達サービスを取り入れている。2つ目は、インスピレーション。ただ商品を見せるだけではなく、刺激的で何か新しいフィーリングを与えられるような、インスピレーションのあるサイトでなければならない。3つ目はモバイルに対応すること。YNAPの商品購入者の7割がモバイルサイトから。これからますます力を入れなければいけない要素が、4つ目のパーソナライゼーション。現在イギリスの上層顧客の約25%がパーソナルショッパーを利用しており、一部のVIP顧客向けに始めた、専任のスタッフが商品を届け、試着が終わるまで待機する“ユー トライ、ウィー ウェイト(YOU TRY, WE WAIT)”は特に反響があり、手応えを感じている」。ECサイトのみならず、消費者が個人的な“偏愛”や何かの分野に特化した商品を求めるパーソナライゼーションの傾向は、筆者が住むパリでも感じられる。ここ数年で、オリジナリティーの高いオーダーメードやパーソナルな体験を通して生まれるアイテムが再評価されているのだ。
現在28歳、自身がミレニアル世代であるアレクサンドル・アルノー(Alexandre Arnault)=リモワ(RIMOWA)共同CEOは、「ミレニアル世代はデジタルを通じて多様なモノとサービスに触れ、期待値を満たす商品が提供されることが当たり前になっている。商品そのものの価値よりも、購入する過程で自分がどれだけ関心を持たれているか、どれだけ顧客として大切にされているか、自分の好みを理解して欲しいものを提供してくれるかが、ブランドを選ぶ1つの判断基準になっている」と、上層顧客だけなくミレニアル世代へのアプローチとしてもパーソナライゼーションのサービスが必要であることを説明した。
READ MORE 1 / 1 デジタル浸透度が高い中国
「他国と比べて中国マーケットの購買行動は特殊であり、1つの指針となるだろう」と語るのは、中国で投資ファンド、Cベンチャーズ(C Ventures)を立ち上げ、カルチャー分野の起業家として知られている香港出身のエイドリアン・チェン。彼は香港の4大財閥の1つである新世界集団の御曹司で、不動産開発やホテル、カジノ、交通、宝飾品、通信事業を運営する巨大複合企業、周大福の執行取締役を務める。
中国のマーケットが特殊であるという大きな要因は、特有のデジタル環境にあるようだ。テクノロジーが徐々に進化した他国と違い、中国最大級のメッセンジャー・通話アプリ「微信(ウィーチャット)」の登場で爆発的にインターネットとスマートフォンが普及し市場を独占したことから、人々の価値観や生活習慣が急激に変わり、デジタル浸透度も高いと考えられている。ミレニアル世代はパソコンを持たず、スマートフォンのみを利用しているのが現状で、2016年のベイン アンド カンパニー(BAIN & COMPANY)の調査によると、60%の消費者がラグジュアリー商品に関するオンライン情報は「微信」と「微博(ウェイボー)」から得ていると回答。アパレル市場においては、ECが実店舗よりも利用されるツールとなり、最も高い売り上げを出したという。企業は顧客個々のデータを得ることで消費者行動を分析・予想し、中国では一般的なスーパーマーケットでもその日に必要な日用品や食材をスマートフォンで通知するサービスなど、パーソナライゼーションが進みつつあるという。実際に、「微信」を使ったコンテンツマーケティングを積極的に行っている「バーバリー(BURBERRY)」「グッチ(GUCCI)」「コーチ(COACH)」などが中国で急激に数字を伸ばしているそうだ。「世界的なデジタル化の波が不可逆的であり、他国もますますEC化やモバイル化が進むと考えると、現在の中国マーケットが指針となる」という見方を示した。
個人的には、テクノロジーの進化についての話題は、ワクワクさせられるものではなく、むしろ脅威にさえ感じる。しかし、たとえ望まずとも、今後のラグジュアリーファッション企業の成長をテクノロジーが握っていることは認めざるを得ない。フューチャリストのソフィー・ハックフォード(Sophie Hackford)は「AI(人工知能)は顧客それぞれに応じたパーソナルなサービスを可能にし、人間の“次なる欲求”を提供する。AIを競争相手とみなすのではなく、チームメートとして見るべきだ」と語り、さらに消費者の行動もAIによって大きく変化すると予想する。「将来的に私たちは自身のアンバサダーとなるAIを1つ持ち、生活必需品から嗜好品まで、全ての買い物をAIに委ねることになるだろう。個人のAIとショップのAI同士がコミュニケーションを取り、月末にはどれくらいお金を節約でき、人生がより効率的になっているかどうかを教えてくれる。これまで私たちは道具の使い方を学んできたが、これからはAIが人間の扱い方を学ぶのだ」。一般化にはまだ時間を要するが、確実に進化を遂げている。企業にとってテクノロジーやAIの導入には大きな予算を割く必要があるが、その勝算は大いにありそうだ。
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける