村瀬亮スノーピークビジネスソリューションズ社長:1999年にITを活用した企業活性化のためのコンサルタント会社として有限会社アイ・エス・システムズ(現ハーティスシステムアンドコンサルティング)を設立。2016年7月に業務拡大のため名古屋支社を移転。その際にキャンピングオフィス事業を立ち上げた。同月、スノーピークと共同出資でスノーピークビジネスソリューションズを設立し、社長に就任
アウトドアブランドのスノーピーク(SNOW PEAK)は2016年、ITを活用した企業コンサルティングを行うハーティスシステムアンドコンサルティングと共同で“キャンピングオフィス”推進のための新会社、スノーピークビジネスソリューションズを設立した。自然と関わることで個人も社会も健全な成長ができるという考えのもと、今年5月には東京・渋谷の複合施設「渋谷キャスト」にキャンピングオフィスをオープンしたばかり。デジタル時代に新会社を立ち上げてまで、企業向けにアウトドアを提案する理由について、村瀬亮・社長に聞いた。
WWD:村瀬社長が立ち上げたハーティスシステムアンドコンサルティングという会社はITを使った企業コンサルですが、どうしてアウトドアに行き着いたのでしょうか。
村瀬亮・社長(以下、村瀬):もともとITを活用して人材の健全な成長をサポートする企業として、自分たちもワクワクしながら会社作りをしたいと考えていました。そもそも会社って創業当時は少人数でなんでも楽しみながら仕事をしているのに、人数が増えて会社の仕組みができるにつれてある意味つまらなくなってしまうんですよね。もちろん制度は必要ですが、会社にいるからお金をもらえるという考えが生まれてしまう。自分で何かを生み出してその対価としてお金をもらえるということを新入社員にも説教になることなく分かってほしかった。だから、何をすれば社員も会社も健全に成長させられるか、自分たちでいろんな施策を自発的にやるようにしてきました。
WWD:その中でキャンプにも挑戦したと?
村瀬:ここ4年くらい地方創生や環境問題が深刻だなと思って、そうした課題を放置したままテクノロジーだけを進化させるのはすごくはかないと思ったんです。テクノロジーだけで会社を成長させることは難しくありませんが、僕らがやっていること自体が環境のためになるべきだなと。そんな中でキャンプをしながら仕事をすることは面白いし、チームビルディングも成り立つだろうという仮説を立てました。自然に関わることで本質的に仕事への向き合い方、考え方が変わるんじゃないかと。
WWD:それを実践したんですか?
村瀬:まずは5年くらい前に社員旅行という名目で徳島県の神山町というIT起業家が集まる地方都市へ見学に行きました。その後、「スノーピーク」の製品を買って、高知県でNPO団体が管理する施設の駐車場を借りて、僕1人が1週間こもることにしたんです(笑)。
WWD:もともとアウトドアが好きだったわけではないのですか?
村瀬:趣味でたまに山へ行く程度でした。1週間やってみたんですが、体験を通じて自分自身がすごくワクワクを感じたんです。会議室とは違って将来のことも外にいると考えやすくて。でも、実践したのがちょうど4月の初めで新卒社員の入社式に出られなくて(笑)。その時は山を背景にモニターで参加するという強硬手段に出たのですが、新入社員への償いではないですが、今度は5人分くらいのキャンプ用品を大人買いして、新入社員とともに愛知県の会社の近くの公園で1晩過ごしました。こうした経験から、ちょうど名古屋にショールーム を出すというタイミングだったので、オフィスの中でも芝生を敷いてテントを立てるという“キャンピングオフィス”を作ってみようと思ったんです。
WWD:自身の経験を通じて、ビジネスを生み出したと。
村瀬:オフィス内でもある程度自然を疑似体験できるだろうと。実際にショールーム にテントを張ったらIT企業なのに打ち合わせをテントでさせられるとか、ワクワクするとか、やはりクライアントから反響がありまして(笑)。でもなぜこんなことをしたのかと聞かれたら、自然に関わることで本質的に仕事への向き合い方が変わるというきちんとしたストーリーがあるわけです。この思いを広げるためにも、ぜひスノーピークに話をしたいと思い至りました。
WWD:村瀬社長からの提案だったのですね。
村瀬:何度か講演会などで山井(太スノーピーク)社長とお会いして、いざ会社で話をさせてもらったら意気投合しちゃって。2回目にあった際には一緒に山井社長から新会社を作ろうという話になりました。キャンプをする人は人口の6%くらいしかいないので、スノーピークとしても残り94%の人たちに自然を体験してほしいと。
WWD:スノーピークビジネスソリューションズという会社はどのような体制なのでしょうか。
村瀬:社員はスノーピークから2人、ハーティスから2人、計4人です。その他営業や広報などは外部パートナーという形で委託をしていて、これもヒエラルキー式ではない企業のあり方を模索しようとある意味実験的な組織にしています。
WWD:具体的に会社としては何をやっているのですか。
村瀬:事業は主に4つです。アウトドアを通じた研修事業、オフィス向けの「スノーピーク 」商材の販売、そしてレンタル、アウトドアを切り口にした企業コンサルティングです。僕のように本当はキャンプ用品一式をそろえてほしいんですが(笑)、もちろん場所や予算も必要ですし、いきなりの導入は不安だということもあって、スモールスタートを切る企業が多いんですね。たとえば、オフィス内に芝生を敷いて、キャンプ用のチェアとテーブルを会議用に使うとか。
WWD:いきなり「公園で仕事をしろ」と言われても、きっと不安ですよね(笑)。
村瀬:でも、不安の原因は分かりやすくて、オフィスにアウトドアを取り入れる費用対効果が分からないこと、導入事例がないこと、そしてアウトドアと働き方という相関関係に科学的なエビデンスがないことです。こうした原因に対する答えをまさに集めている最中で、品川シーズンテラスへの導入や渋谷キャストといった設置事例は増えてきましたし、科学的な証明もテクノロジーを使ってまさに実験している最中です。そもそも、オフィス家具って結構高くて、アウトドア用品なら収納もできるし、実はコストメリットも高いんですよ。
WWD:手応えはいかがですか。
村瀬:はじめ半年は準備段階だったので、昨年1年いろんなことを試して、ようやく可能性が見えてきたところです。今年に入ってから事業を整理する段階に入りました。売り上げも倍増していますし、販売のためのパートナー企業も増やしつつ、事業を拡大したいと思っています。現状はオフィス内にアウトドア用品を取り入れる初歩的な導入が一番人気ですね。
WWD:オフィス内のアウトドア空間というハードルの低いところから取り入れてもらおうということですが、やはりいずれ屋外だったり地方だったりに波及してほしいという思いはありますか。
村瀬:自然との関わりという意味で、外で仕事をやることもいいものだと思います。今の都会の日常というのは工業化の中で合理化を進めすぎた結果だと思っていて、今後いわゆる作業としての仕事はロボットに取って代わられるとも言われますが、そんな中でワクワクしながら“ゼロからイチを生み出す”のがこれからの人間の仕事なんだと思います。そのためには誰もが柔軟な“自由人”であるべきで、僕らはキャンピングオフィスという形で、人間関係や仕事のあり方を見直すきっかけを作り、健全な社会の関係を提案したいんです。まずはオフィス内のアウトドア化、そして近くの公園、郊外、田舎へとどんどんその可能性を広げていきたいです。
WWD:日本中へ拡張していくネットワークを作るようなイメージですね。
村瀬:そうです。でも、郊外ってワクワクできるようなきっかけがないとなかなか踏み出せないんです。だから、「osoto(OUTDOOR SMALL OFFICE / THIRD OFFFICE)」という事業でそうした地方コミュニティーを作っていて、地方にいる面白い経営者を集め、地方へ行くきっかけになればと発信をしています。今はまだ10カ所くらいしかないので、これを全国に広げたいと思います。
WWD:どのくらいかかりそうでしょうか。
村瀬:5年で作りたいと思います。ただ、“キャンピングオフィス”という表層的なブームではなく、自然との関わりという本質的なことを打ち出したいので、急ぐことも危険です。
WWD:同じような動きをする会社はあるのでしょうか。
村瀬:“キャンピングオフィス”という言葉はなかったわけではないのですが、これまではクリエイターのような職種がメーンでした。われわれはある種“お堅い”人たちを取り込みたいんです。いろんな会社がやり始めるのはむしろいいことで、「スノーピーク」がリーダーシップをとりながらやっていきたいです。
WWD:この事業に関しても、ちまたでよく言われるような“働き方改革”という表現で正しいのでしょうか?
村瀬:そもそも働くということ自体が、与えられた作業をやるものではなく、何かを生み出すことの代替としての価値だというふうに、“働く意識”を変えなければいけません。そのためには何かを生み出すワクワクを感じてほしい。そもそも、キャンプというと“趣味”というイメージがついてしまいますが、自然との関わり方だと考えれば誰もが考えるべきことで、自然という原点に向き合って社会のことが分かり、企業が向かう方向も変わるんじゃないかと思います。