カルティエ(CARTIER)が11日、“100年続く、そしてその先の未来へ続くものって何だろう? ~永く愛されるクリエイティビティの秘密~”をテーマに、招待制のワークショップを開催した。発売後100年以上を経ても変わらない人気アイテム“サントス ドゥ カルティエ”をきっかけに、今後のデジタル時代に“人の心を動かすモノ”を探るという実験的なワークショップだ。
この日招待されたのは国内でテクノロジー分野などにたずさわる専門家約20人。会場のホストを務める九法(くのり)崇雄「フォーブスジャパン(Forbes JAPAN)」編集次長兼WEB編集長は冒頭、「長く愛されるモノにこそ、未来のクリエイティビティーを考えるヒントがあるんじゃないか。インタラクティブなワークショップを通じて、長く愛されるモノの理由を探りたい」と会の狙いを説明した。
まず基調講演を行ったのは、CGグラフィックなどを用いて“見ること”を追究する脇田玲・慶應義塾大学SFC教授兼アーティスト・サイエンティストだ。脇田教授は“長く愛されるモノ”の前提として、“モノを見ること”自体を考えたいという。
「見えている物質の振る舞いの裏には物理現象があって、その物理現象を起こすなんらかのメカニズムが存在する。これらをデジタル上で再現することで、視覚的には見えないモノが見えると考えた」。現在は龍安寺の庭園を使って、間と真空の概念を可視化することに挑戦しているという。「僕はコンピュターを使って可視化を行っているが、やり方は人それぞれ。作家は書くことで新しいモノの見方を獲得できるし、ダ・ヴィンチは絵を描くことで、メカニズムを解析していたんだと思う。目の前にありながらも知覚することができない存在を可視化することで、モノの見方は変わってくるだろう」。
その後、脇田教授の教え子でもあるコンテクストデザイナーの渡邉康太郎Takramマネジングパートナーが登壇。渡邉パートナーはクリエイティビティーとビジネス、テクノロジーを融合した視点で、企業のモノ作りやプロジェクトのサポートなどを行う専門家だ。「長く続くクリエイティビティーとは語り継がれる」という考えのもと、“花と手紙の贈り物”“1冊だけの本屋”というTakramが関わった2つの事例を紹介した。
「1つ目は『イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)』とコラボして制作した折りたたむことで花になる布のアクセサリー。非常に好評だったが、うまくいった理由は商品が顧客それぞれの物語の補助線になれたため。商品の先に一人一人の物語を作ることができれば、語り継がれるモノになるはずだ。一方の“1冊だけの本屋”と呼ばれる森岡書店は、現代の出版不況の中で1冊しか本を売らないのに、すごく成長しているプロジェクト。ある本の出版イベントをファンと作家の交流の場にするなど、商品を1冊にしぼることで顧客の記憶に残る1冊となるだろう」。
こうした事例の背景に“誤読”というキーワードがあると説明する。「誤読とは、世の中にある事象を自分が好きなように解釈すること。うまく誤読される余白を残すことで、その人だけの自分ゴト化ができ、語り継がれるモノとなる」。
休憩を挟んで後半は、ゲストスピーカーの2人と招待されたオーディエンスとのディスカッションが始まった。オーディエンスはこの日、事前に“思い出の品”を持ち寄ることになっており、“思い出の品々”を前に自分たちの思いを語り合う。ここでは、乗り続けることで自分だけの快適な乗り心地を実現できる「ブルックス(BROOKS)」の自転車用サドルをはじめ、西陣織老舗の細尾家が作るバッグ、アメリカの老舗アウトドアブランド「レイ(REI)」のリュックなどが登場したが、誰もが商品の裏にあるストーリーを熱く語れることに驚いた。人の心を動かすモノ、長く愛されるモノにはそれぞれ語り継がれるだけの理由があって、しかも所有する者が自分ゴト化できるという、渡邉パートナーの“誤読”の考えがまさに証明された瞬間だった。
やりとりを経て、脇田教授がこう締める。「誰かが何かを作り、誰もがその価値を認め、時の試練に耐えた先に普遍性がある。まさに“サントス ドゥ カルティエ”にはこの流れがあって、時の試練に耐えることこそが“ストーリーテリング”だ」。時を超えて語り継がれるモノには、必ず自分ゴト化できるすき間が残っていることが共通点ではないだろうかと感じた。
今回のイベントを通して、カルティエについての話が出てきたのは最後のほんの一瞬だけ。上記からもわかるように、カルティエは“長く愛されるモノ”という切り口を提示しただけで、ほとんどの話はさまざまな業界の先端にいる若手ビジネスマンによる意見交換となった。だが、こうしたワークショップを通じて誰もが“長く愛されるモノ”の意味を考えたことで、それは同時にカルティエについての理解にもつながったはずだ。こうしたブランドが持つアイデンティティーを軸にイベントを開催することの面白さを感じることができた1日だった。