長く不振にあえいできた百貨店が再び攻めの姿勢に転じている。アベノミクス効果による景気の回復や、中国・ASEANをはじめとする海外からの旅行客が増加したことで百貨店が得意とする高額品の売り上げが好調で、各社はここぞとばかりに積極的な施策を打ち出している。ただし、その方向性は各社各様。一昔前のように「百貨店と言えば」の常識は通用せず、百貨店の個性化が進んでいる。個性を決めるのは、立地の特性や、グループ企業の強み、そしてトップの思想だ。ここでは、今知っておきたい百貨店ビジネスの6つのキーワードを解説する。
松屋銀座2階
本当。2013年度の全国百貨店売上高は前年比101.2%の6兆2171億円となり、16年ぶりに前年実績を上回った(日本百貨店協会調べ)。背景にはアベノミクスによる景気の回復、特に株価の押し上げにより資産価値が向上し、
富裕層が宝飾品や時計、ラグジュアリーブランドなどの高額品を買い求めるケースが急増した ことがあげられる。ちなみに、高島屋の13年度売上高は、美術・宝飾・貴金属が114.8%だったのに対して、婦人服は100.2%だった。特に今年の年始から3月にかけては消費増税前の駆け込み消費が相次ぎ、松屋銀座の3月売上高は前年同月比133.8%を記録した。4月以降は反動が心配された。確かに全国百貨店売上高は4月が88%と大きく落ち込んだが、5月は95.8%まで回復した。月を追うごとにマイナス幅は小さくなっている。1997年の消費税増税時に比べると、消費意欲は底堅く、回復が早いと百貨店業界には楽観的な見方が多い。ただ、高額品の好調は、都心の百貨店を中心とした現象で、地方都市の百貨店は依然苦戦が続いている。また百貨店のボリューム商品である婦人服は、セレクトショップやショッピングセンターとの競合激化もあって低調なままだ。高額品頼みの好況がいつまで続くかは不透明だ。
READ MORE 1 / 5
「イセタンミラー」錦糸町テルミナマ2店
「イセタンミラー(ISETAN MiRROR)」を経営しているのは三越伊勢丹だ。2012年3月に1号店をルミネ新宿に出したのを皮切りに、現在ファッションビルやショッピングセンターに9店舗運営する。これまでファッションビルやショッピングセンターでは、売られることのなかった「ディオール(DIOR)」などの高級コスメが販売されているのも、百貨店の運営だから。百貨店は大きな建物、多数の人員がなければ成立せず、新しい店を構えることは簡単ではない。しかし、「イセタンミラー」のような
小型店や中型店であれば、多店舗展開が可能 となる。近年、若者層は百貨店からショッピングセンターやファッションビルに流れる傾向が続いているため、三越伊勢丹にとっては
若者など百貨店に来ない新しい顧客との接点を作るための策 でもある。三越伊勢丹は、「イセタンミラー」に限らず中小型店の開発に熱心だ。羽田空港で展開する「イセタン羽田ストア」は7月18日に開店したレディスストアを加えて計3店になる。また地方都市で運営する三越のギフトショップは、雑貨や衣料品、食品を中心に揃えた「エムアイプラザ」に改装され、多店舗化を進めている。15年秋には、名古屋駅前に開業する大名古屋ビルヂングには3000平方メートルのセレクトショップを開く。これはバーニーズ ニューヨークやエストネーションと同じくらいの規模のセレクトショップになる。同じように阪急阪神百貨店も、化粧品のセレクトショップ「阪急フルーツギャザリング」を出店。そごう・西武も今後、グループ会社のイトーヨーカドー内に小型店を出店する考えだ。
READ MORE 2 / 5
シンガポール髙島屋
進出している。日本の百貨店は80〜90年代は欧米に出店していたが2000年代以降はアジアへシフト。日本国内が少子高齢化で市場が縮小しているのに対して、
中国およびASEANは今後ますます経済発展し、若い中間所得者層が爆発的に増加する ことが予想されるからだ。例えば、高島屋が1993年にオープンしたシンガポール高島屋は現地に合わせた品揃え、日本ならではのきめ細かいサービスが現地の富裕層・中間所得者層に支持され、高い収益を誇っている。親日傾向の強いASEANは有望市場と見られ、同社は2016年にはベトナムにも進出する予定だ。一方で、中国は消費ニーズや商習慣の違いなどにより、日系の百貨店は総じて苦戦している。三越伊勢丹は、12年3月に中国・瀋陽店を閉鎖。高島屋が昨年進出した上海も予想以上の苦戦を強いられている。にもかかわらず、エイチ・ツー・オー リテイリング、J.フロント リテイリングは新たに中国への進出を決めた。三越伊勢丹は、13年にオープンした天津2号店に加え、15年に中国・成都にも2号店出店を決めている。中国市場は、日本の10倍の圧倒的な人口があり、短期的には苦戦するものの、長期的には有望市場には変わりないという見立てがあるようだ。
READ MORE 3 / 5
2013年に日本を訪れた外国人客は1000万人を突破し、過去最高となった。10年間で約2倍になっている。訪日する外国人に観光の目的を尋ねるとショッピングをあげる例が非常に多く、日本の百貨店は観光の人気コースとして脚光を浴びている。例えば「バオバオ(BAO BAO)」のショップは、韓国、東南アジア、中国の観光ツアーのコースに組み込まれている。外国人が多く集まる銀座、そのど真中にある銀座三越の免税品の売り上げは、多い月で10%に届く。中国の旧正月である2月前後、日本の花見シーズンである4月前後、中国のゴールデンウイークに相当する国慶節がある9月がピークで、平均10%前後だがブランドによっては半分以上外国人が占める高級ブランドも多数あるようだ。10月1日からは化粧品と食品が免税の対象になるため、ますます外国人買い物客(インバウンド)が増える ことが予想される。政府は20年までに訪日外国人客を現在の2倍にあたる2000万人に増やすことを計画しており、東京オリンピックに向けてそのマーケットはますます期待されている。
READ MORE 4 / 5
そごう・西武の「リミテッドエディション」
そごう・西武が販売するプライベートブランド(PB)のカシミヤのセーターは、値段の割に品質が高いことをウリにしている。そのカラクリは、巨大グループ企業の強みを生かした戦略にある。そごう・西武の親会社は、セブン&アイ・ホールディングスで、イトーヨーカ堂も同じグループ。そごう・西武とイトーヨーカ堂がカシミヤの原料を共同で大量に仕入れし、輸送も共同で行うことで
自主開発商品 の一点あたりの値段を抑えている。百貨店は従来、メーカーから商品を仕入れて販売してきたが、自主開発商品は工場から直接仕入れるので、店頭で消化さえすればその分利益が大きくなる。そごう・西武の「リミテッドエディション(LIMITED EDITION)」はアイテムの領域を広げており、2014年秋からは百貨店離れといわれる20代に向けて新・自主編集売り場「ハニカムモード(Honeycomb Mode)」をスタートする。自主企画商品で有名なのはほかに、三越伊勢丹のオリジナルの婦人靴ブランド「ナンバートゥエンティワン(NUMBER TWENTY-ONE)」がある。11年にスタートし、すでに靴売り場の主要ブランドに成長している。バイヤーが間に入り、客の声を作り手に直接伝えることで、客が望む製品を値ごろな価格で提供することが可能になると同時に、利益率のアップに貢献している。
READ MORE 5 / 5
パルコが入居する松坂屋上野店新南館の完成予想図
大丸東京店は1階から13階までのフロアがあり、9階と10階の東急ハンズも「百貨店」の一部だ。大丸に限らず、最近は、百貨店が大型専門店に場所を貸して家賃収入を得る形態が増えており、
「百貨店」と「テナントビル」「モール」が入り混じった 商業施設も多い。メーカーから商品を仕入れ、百貨店の社員が売り場を作り、販売する王道の「百貨店」の方がむしろ少ない。東武百貨店池袋店の「ユニクロ(UNIQLO)」「ギャップ(GAP)」、大丸梅田店の「ポケモンセンター」「東急ハンズ」など、百貨店による話題の大型専門店の導入は、賃料を得ると同時に、百貨店離れが進む若者層の取り込みが主な狙い。店頭で販売するのは、専門店のスタッフなので人件費の削減にもつながる。大丸松坂屋百貨店は、グループ会社であるパルコとの協業が注目されている。パルコが持つ専門店リーシングのノウハウを百貨店の中に取り入れ、百貨店とテナントビルのよいところを併せ持つ新しい百貨店像を模索している。松坂屋上野店は、南館を建て替え中で、パルコや映画館を入れて、2017年秋にオープンする。高島屋は今春、グループ会社でありショッピングセンター運営のノウハウを持つ東神開発と共同プロジェクトチームを立ち上げた。新宿店や立川店、日本橋店のリモデルに両者のノウハウを取り入れる計画だ。