オートクチュール(以下、クチュール)では、各メゾンがデザイナーのクリエイティビティーとアトリエの技術を結集してコレクションを制作します。それは、一着数百万円以上するクチュールを購入する特別な顧客のためであり、メゾンのクリエイティビティーの最先端を表現する場でもあるからです。2018-19年秋冬のクチュールでも、各メゾンの個性が際立ったクリエイションが発表されました。クチュール協会会員以外の参加も多く、メゾンにもよりますが、発表するスタイルの数が70~100体と多く、クチュールのビジネスが好調だということを実感しました。
その中で、時代性と“オートクチュールはファッションの実験室”であることを一番感じさせたのは「メゾン マルジェラ “アーティザナル” デザインド バイ ジョン ガリアーノ(MAISON MARGIELA 'ARTISANAL' DESIGNED BY JOHN GALLIANO以下、メゾン マルジェラ)」のコレクションでした。“ノマディック・グラマー(NOMADIC GLAMOUR)”と題したコレクションでは、ツイードをはじめ、カラフルなカラーに染めたウレタンやストッキング素材を使用したケープやコートなどを発表。顔までストッキング素材で包まれたモデルはまるで、マトリョーシカのようです。クリエイティブ・ディレクターのジョン・ガリアーノ(John Galliano)の“脱構築”的であり挑発的なスタイルは健在でした。テーマである“ノマド”をレイヤードで表現した他、パッドを施しヒップを強調したルックもあれば、ダマスク素材の生地ロールを持ったスタイル、ゴミ袋やサステイナブルなウールを使用した作品もあります。足元は、彼の母国であるイギリスらしいメリー・ジェーン。ファッション業界で長年のキャリアを持つ彼の持ち味そのままが生きています。
今回新しいと感じたのは、モデルの腕やバッグにスマートフォンやiPadが 潜んでいたこと。クチュールというと“伝統の手仕事”にフォーカスしがちですが、ガリアーノは今のクチュール顧客は“ノマド=旅人”であり“デジタル”は切りはなせない存在であることをコレクションで表現したのです。年代や人にもよるかもしれませんが、クチュールの顧客層のほとんどが、スマホを持ち、そこから情報を得ているのは確かです。
クチュールは、極上のクリエイティビティー、素材、手仕事の集大成であり、洋服自体は一部の限られた人に向けたものです。なのにガリアーノは、今のファッションのトレンドであるストリート、現代の生活で必須のデジタル、そして、サステイナビリティの考え方を盛り込んだクチュール・コレクションを創り上げました。私には、今の時代を象徴する、正に“ファッションの実験室”を体現したコレクションに思えました。ファッションもビジネス、“売れるモノ”を作らなければなりません。一方でクチュールは、ビジネスとして成立させながらも“ファッションの実験室”であり続けてほしいと思います。価値観が多様化し、テクノロジーの発達により、誰もがさまざまな情報にアクセスできる時代。そんな時代だからこそ、このような時代的なメッセージを発信するクチュールが必要だと実感しました。
ガリアーノは、メンズに続き、ポッドキャストでこのストーリーを発信しています。