沢渡朔:1940年東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。日本デザインセンターに勤務後、フリーとして「流行通信」(流行通信社)や「ハイファッション(Hi Fashion)」(文化出版局)、「装苑」(文化出版局)等の雑誌で活躍。日本広告写真家協会奨励賞、日本写真協会年度賞などの受賞歴を持つ。近年は女優やアイドルの写真集などを手掛ける。著書は「森の人形館 NADIA」(毎日新聞社)、「少女アリス」(河出書房新社)、三國連太郎「Cigar」(パルコ出版)など PHOTO BY KAZUO YOSHIDA
これまで少女と女性のポートレートに力を注いできた写真家、沢渡朔。学生時代には寺山修司や白石かずこらと過ごし、大学卒業後には日本デザインセンターで深瀬昌久や宇野亜喜良、横尾忠則らと出会い、さらに四谷シモンらとも関係性を深めていく。1966年にはフリーのカメラマンとしてキャリアをスタートし、以降はファッション写真の分野で、数々の雑誌や広告写真の常識を覆す表現を追求した。73年には編集者の桑原茂夫や詩人の谷川俊太郎らと共に「不思議の国のアリス」をテーマにした写真集「少女アリス」を発表。同年、イタリア人モデルのナディア・ガッリィ(Nadia Galli)を起用した「森の人形館 NADIA」を発表し、女性をモチーフにした表現の新たな領域を切り開いた。以降は「流行通信」や「ハイファッション」などでファッション写真を担当し、75年からは「コム・デ・ギャルソン(COMME DES GARCONS)」のビジュアルも手掛けた。現在に至るまで被写体の9割以上が女性で、いずれの作品にも女性の自然な輝きと共に艶っぽい色気が漂う。今なお精力的に活動する沢渡の写真哲学を約60年に及ぶ写真家人生と共に振り返る。
WWD:写真を始めた頃に影響を受けていたものは何ですか?
沢渡朔(以下、沢渡):まずはフランスのヌーヴェル・ヴァーグの映画です。1960年代初頭は、映画も音楽も新しい表現が生まれた時代です。その頃にはジャズにも傾倒しまして、ジャズ漬けの毎日でした。僕の学生時代には、新宿にキーヨなどのジャズ喫茶があって、写真を撮っている以外はずっとジャズを聴いていました。今でもダグ(DUG)はありますよね。その3年くらい後にビートルズ(The Beatles)が出てきた。その後はビートルズにどっぷりだったけど、今でもジャズは好きでよく聴きます。お酒を飲みながら聴くのが一番。
WWD:ヌーヴェル・ヴァーグやジャズからはどんな影響を受けましたか?
沢渡:そういう文化が好きな人たちとつながったことでしょうか。あの頃は詩人の白石かずこさんとも撮影に取り組みました。篠山(紀信)さんとも大学で知り合い、日本デザインセンターでは高橋睦郎さん、宇野亜喜良さん、横尾(忠則)さんらと知り合いました。高橋さんには四谷シモンさんを紹介してもらいました。面白い人が周りにたくさんいたので、互いに影響を与え合っていた気がします。その頃から僕の写真のテーマは“女性”と“子ども”だったんです。ジャズの影響で黒人が好きだったので、白石さんと横田基地に通っては黒人の女性や子どもを撮影していました。とにかく人との出会いが楽しかったですね。
WWD:出会いでいうと、ナディア・ガッリィとの出会いは、その後の写真にどんな影響を与えましたか?
沢渡:ある意味、原点かもしれない。それまで多くの女性を撮っていたけれど「NADIA」ほど大きな作品にはなっていないですから。ナディアとは1年半くらい交流をしながら撮影しました。女性を撮影するのにはベストな関係性だったと思います。
WWD:被写体との向き合い方のことでしょうか?
沢渡:向き合い方……どうかな。とにかく適度な距離感だったと思います。僕はどんなに親しい関係でも冷静に見ている、いわばカメラマンとしての目もあるわけです。だから現場の判断が重要なんですよ。
WWD:撮影前に具体的な写真のイメージをしますか?
沢渡:場合によってはするかもしれませんが、先入観はない方が絶対に面白い。生き物なわけですから、現場で作り上げていくのがベストです。全てを演出してはダメ。せめて半分は演出したとして、残りの半分はなりゆきに任せることです。
PHOTO BY KAZUO YOSHIDA
WWD:「少女アリス」と「NADIA」を発表したのが73年。その頃に生涯独身を決意されたのはなぜでしょうか?
沢渡:69年に結婚したんですけど、まだ20代後半でした。とにかく写真を撮りたかった……特に外国人の女性をね。その気持ちが強くなって、結婚生活と自分のやりたいことの両立が無理だと判断したんです。被写体が女性なので確実に迷惑がかかります。でも、その時自分の気持ちを抑えていたら死ぬほど後悔したと思います。
WWD:被写体が女性の場合、独身でなければ撮影の障壁になるような意識が働いてしまうからですか?
沢渡:そうだね。ナディアを撮影する時には自然に恋愛関係になりました。そうなってしまった。自分自身がそう撮ったわけですから仕方がないんです。あくまで僕の場合ですよ。ただし、僕は“女性の写真”にこだわっているのではなく、“女性”にこだわっているんです。戦後の幼少期に母親と一緒にいなかったからとか、その空白を埋めようとする作業なのかもしれない。
WWD:約60年間も女性を撮影してきたのは、ご自身の幼少期の環境や経験に基づくと。
沢渡:60歳を過ぎた頃から漠然とそう思ったりもしました。昔はよく写真評論家に「なぜ女性ばかり撮影するんですか?」と聞かれましたが、当時の僕は「自分が男だから」としか答えられなかったんです。考えもしなかったしね。でも、結局は関係ないのかもしれない。例えばグラビアアイドルの写真集も撮ってますけど、僕は純文学のような重い作品だけではなく、商業的な仕事もするわけで。軽く恋愛しながら若い女性を撮影していくようにね。何百人、何千人と撮影してきて、そんなふうに撮っていくのが自分に合ってるんです。一生一人の女性を撮っていくのとは違うわけですよ。
WWD:撮影したいと思う女性像は?
沢渡:自分が面白いと思う女性かどうかです。僕が年を取ったせいかもしれないけれど、最近は映画やドラマを積極的に見ることをしないので、みんな一緒に見えてしまう。20年くらい前まではUAやCHARAを見ていましたが、それ以降はあまり分かりませんね。それぞれの被写体に対して僕のイメージがあるのではなく、出会った女性がどうであれ、惹きつけられたから撮影したくなる。僕が撮影したい、相手も撮影してほしいという向き合い方が一番。
WWD:撮影の時、被写体に指示を出すことはほとんどないそうですね。
沢渡:自分が口下手というのが理由のひとつ。もうひとつは、指示を出してしまうと、ハプニングが生まれないからです。現場で起こる、コントロールができないことこそ面白いのですから、意図的に演出しても意味がない。話術で攻める写真家もいるけれど、僕は話しながら撮影はできないですね。
WWD:シャッターを切ることに集中したいと。
沢渡:そう。極論を言えば、僕が指示をしなくても被写体が動いてくれるような、僕が夢中になって撮っているという状態が一番。そうさせてほしいです。お互いの気持ちがノっていないとね。その方が気持ちいいじゃないですか。若い頃はとにかく自分が撮りたいから撮るっていうだけでしたけど。
WWD:最新作の「ダークエロス」で、ニック・ナイト(Nick Knight)との競演でも話題になったモデルのテッサ・クラギ(Tessa Kuragi)を起用したのはなぜですか?
沢渡:正直、彼女が出演した作品はそこまで見ていなくて。最初に写真集のテーマが“ダークなエロティシズム”と聞いて、ボリュームのある女性を緊縛で撮影したいと伝えたら、ロンドンからテッサを呼ぼうという話になって。撮れなかった場合は、ボリュームのある日本人女性をナカ(アキラ)さんに縛ってもらおうとも考えていたんですけど、それだと全く別の仕上がりになっていたでしょうね。テッサの持つ“フェティッシュ”と“和”の組み合わせは、ファッションっぽくもあって素晴らしかったです。撮影場所は歯医者の診療室と隣接する古い家屋で、リングライトを使ってフィルムで撮影したんですよ。デジタルでどんどん撮るようなことはしたくなかった。現場の空気感やテンションに寄り添ったのが良かったんでしょう。
WWD:一方で小澤征爾さんのドキュメンタリーや三國連太郎さんの「Ciger」のように男性も撮影しています。
沢渡:2作品だけですけどね。
WWD:男性の方が撮影のムードづくりは難しい気がします。
沢渡:本当に難しいよね。自分が男性だから遠慮してしまうんです。三國さんは年齢的にも、いかようにでも撮ってくれというスタンスでしたから、必然的に絵になる。一方で小澤さんを撮ったのは30代の若い頃だったので大変でした。カメラマンとしては全部自由に撮りたいという葛藤もあったけど、仕事も作品もどちらも大切でしょう。理想は全て作品だといいんですけどね。20代の頃、ファッション写真を撮っていてコマーシャルもやったし作家活動もしました。今の時代では難しいかもしれないです。
WWD:広告を除いて2作品以外は一貫して女性を撮影してこられて、被写体としての女性に対する考え方に変化はありますか?
沢渡:ないですね。女性であるという意味では、若い子も熟年の女性も変わらない。最初の頃はガールフレンドとカメラを介して会話をするように撮影していたことがあって、女性を撮りたいという気持ちは、そこからスタートしている。やっぱり自分が感じて撮るというのが基本、自分の写真を撮らないとね。テッサもかっこよかったし、タイプの違う女性も会ってみるとそれぞれに驚きがあるんですよ。僕も年齢的にそんなに長く続けられないけど、後10年はやりたい。でも、それは出会いですから何とも言えない。
事務所には多くの写真集と共に四谷シモンの人形も PHOTO BY KAZUO YOSHIDA
巨大なポラロイドカメラと若い頃の沢渡 PHOTO BY KAZUO YOSHIDA
WWD:これからはどんな女性を撮りたいですか?
沢渡:少女を撮りたいという気持ちは昔と変わらない。でも今は、少女への虐待などのネガティブなニュースも多いし世間的には逆風ですよね。作品として少女を撮影しようと思っても、そういった問題がダブってくるというか、全く別の話なんだけれどやっぱり今は難しい。僕にとって少女は永遠のテーマなので、子どもの時代も含めて自由な年代を追求したいですね。8月に日本人の少女を起用した撮影をするんですけど。
WWD:沢渡さんが今でも少女にこだわる理由は何ですか?
沢渡:少女には全てがあるからですよ。少年にはないものを持っている。自分でイメージを作っているのかもしれないけれど、無垢な美しさも女性特有の魔性もある。大人になると多くを理解して、それを武器にするようになってしまいがちですがね。
WWD:何歳までが少女なんでしょうか?
沢渡:ルイス・キャロル(Louis Carol)は9歳とか10歳と言っていたけれど、今は早熟だから7、8歳かもしれませんね。無垢な感じだったり、大人だけれど少女のような一面を持つ女性は面白いですよね。
WWD:少女性を持っていることが重要だと。
沢渡:テッサは少女性を持っていなくても魅力的なんですよ。だから、あまり自分であれこれ決めたくない気持ちもあります。作品のクオリティーは出会いが大きな意味を持つわけですから。