ファッション

パリメンズ現地仏メディアの講評はいかに? メンズ初挑戦の「アンダーカバー」も注目浴びる

 メンズファッション市場はかつてないほど活況だ。6月19〜24日に開催された2019年春夏パリ・メンズ・コレクションは、その勢いを肌で感じる機会となった。目玉はなんといってもヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)による「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」とキム・ジョーンズ(Kim Jones)による「ディオール(DIOR)」のファースト・コレクション。パリ・コレクション翌週には年に一度のLGBTパレードを控えており、街中がレインボーカラーに染まり熱狂に包まれた。アブローの男泣きは観客の涙を誘い、感動的なフィナーレに多くの人が感情的になる一方で、現地仏メディアは冷静かつ論理的に各ブランドのコレクションを講評する。

 パリは最も長い歴史を誇る、モード帝国の中心地だ。そして現在や未来だけでなく、過去や歴史を尊重する街だ。そんな街でラグジュアリーブランドのトップの座を守り続ける「ルイ・ヴィトン」のディレクターに、土木や建築を学んだアフリカ系アメリカ人が着任したことは、前代未聞である。

 仏新聞「ル・フィガロ(Le Figaro)」は、「彼はこの世界の部外者だ。しかし、地下に居ながらモードを盛り上げる王の座に君臨した。さまざまな要素をミックスし、他企業ともコラボレーションをする多様性の王でもある。フランスの由緒あるメゾンは、彼を最初の黒人デザイナーとして歓迎するだけでなく、時のコンセプターでありインフルエンサーとしても迎え入れた」と表現した。コレクションの内容については、「アーカイブから引用した実用的なディテールは、緻密に計算され合理的かつ効率的である。『ルイ・ヴィトン』の製品を実用的な状況で考えるというエンジニアの能力を活かし、ブランドの期待に応えた」と高く評価。仏「ヴォーグ(VOGUE)」も「彼が得意とするストリートの雰囲気をフランスのトランクメーカーの純粋で贅沢な遺産と融合させた」と評価した。

 一方で、エンジニアならではの計算と合理性に対し賞賛しつつも「ラグジュアリーブランドらしい創造性には欠ける」と仏新聞「ル モンド(Le Monde)」は厳しい言葉を残した。

 なお、「ジバンシィ(GIVENCHY)」にデザイナーとして勤める筆者の知人は「DJのように音楽をミックスすることと、作曲家が楽譜を書くことは、音楽を作るという点は共通していても、似て非なるもの」とアブローの手法を揶揄していた。

 アブローが「ルイ・ヴィトン」のトップに着任したというのは歴史的快挙だが、その事実に勝るほど、コレクションが革新的であるかと問われればどうか。そもそも「ルイ・ヴィトン」はアブローに過去の常識を覆すような斬新なコレクションを求めてはいないだろう。1997年にマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)をアーティスティック・ディレクターに任命しプレタポルテを立ち上げたことを振り返っても、時代を象徴する人物の力を借りてセンセーションを生み出している。それこそが「ルイ・ヴィトン」の狙いだとしたら、アブローは十分過ぎるほどにファースト・コレクションでの任務を果たしたはずだ。

 しかしそれが、オートクチュールから始まる長いモードの歴史を持つメゾン「ディオール」となれば話は別だ。すでに確立された美学を新しく解釈し、“新しさ”と“古さ”を本質的につなぎ、脈々と受け継がれていく物語を紡ぎ出すことを期待される。キム・ジョーンズには重い重圧がのしかかったに違いないが、心情とはうらはらにコレクションは優美で柔軟性があり、軽快な美しさが宿っている。

 「ル・フィガロ」は「メンズファッションにおけるニュールック」と称し、「コレクションは一つの主題に留まらず、より気品を持った柔らかい様相の洋服がそろった。現代の若者の一部とも言えるジェンダーレスな美を共鳴させ、さまざまな世界の間でこのブランドの新しいグローバルな一貫性を描いてもいる」と評価した。

 アブローには厳しい言葉を投げた「ル・モンド」も「ジョーンズはスポーツウエアを愛しているが、フォーマルの仕立ても完璧で流動性があり、絵画にも勝る英国磁器のような色合いが魅力的。『ディオール』の豊かな遺産とオートクチュールの精神は、ジョーンズの優雅な独創性によって、豪華な近代的ポップカルチャーへと昇華された」と文句なしの好評価だ。

 今季はウィメンズのショーを休止し、メンズ・コレクションでパリに戻ってきた「アンダーカバー(UNDERCOVER)」と、5シーズンぶりにパリに復帰した「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」も話題となった。同世代であり以前から交流のある高橋盾とラフ・シモンズにとって、同シーズンにパリでショーを開催することは意味深いことのようだ。

 英国の雑誌「システム・マガジン(System Magazine)」に掲載された2人の対談記事でシモンズは「私たちはインディペンデントブランドを持ち、好きなことを続けてきていることを互いに知っています。パリに戻って来るに際し、一緒に祝杯をあげることを考えました」と語り、両ブランドのショーが開催された20日夜には合同のアフターパーティーを開いた。「高橋盾は現代の空気を嗅ぎ取り、トレンドのスポーツウエアとダイバーシティーを提示しつつも、謙虚さがありシックだ」と「ル・フィガロ」は評価した。さらにシモンズについても「ユースカルチャーをインスピレーションソースにしてきた彼が、トレンドに迎合するのではなくあえて距離を置き、独自のクリエーションを探索したのが功を奏した」と伝えた。

 話題性に富んだ今季のパリコレは、あっという間に過ぎ去った。人種、宗教、体型、性的指向、さまざまな問題に対し、美しく楽観的なメッセージが提示できるモードの力を改めて感じるシーズンとなった。そして、目新しさと絶え間ない変化を渇望するこの世界では、ブランドの存在意味も変化し続けるようだ。

 ホワイトウォッシング(白人優位)で名高い業界で黒人がトップの座に就いたという事実を考えると、アブローの涙には心を打たれたが、少々うがった見方をしてしまう。その涙の意味が、積み上げてきた努力が実を結び、名声と権力、トップの座を勝ち取ったという喜びや周りへの感謝からだと推測すると、彼にとってラグジュアリーブランドは自己顕示欲や承認欲求を満たすための偉大なツールのような存在に私には感じられたのだ。溢れんばかりのエネルギーと這い上がる強い精神性はあっても、私はそこから純粋なモードへの憧れや服づくりへの情熱、創造性への挑戦を感じ取れなかった。

 歓迎すべきは、新時代が音を立てて幕を開けたこと。モードがカルチャー全体に影響を与え、社会が包括的に寛容となる潤滑剤になることを願う。これまでは社会にかき消され、敬遠されていた人々の声が、ダイバーシティーの新時代、どのように響き渡り新たな創造性を生み出すのか期待したい。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける

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