2012年に女優のサラ・ジェシカ・パーカー(Sarah Jessica Parker)がスタートしたニューヨーク・シティ・バレエ団(New York City Ballet 以下、NYCB)による「FALL FASHION GALA」が今年も始まった。“ファッションとバレエの融合”がテーマのこのイベントでは、特別に招集された振付師と衣装デザイナーによるバレエ作品が上演される。
7年目となる今年の同イベントでは3つの作品が上演された。3人の振付師カイル・エイブラハム(Kyle Abraham)、マシュー・ニーナン(Matthew Neenan)、ジヤナ・ライゼン(Gianna Reisen)の作品に、デザイナーのジャイルズ・ディーコン(Giles Deacon)、ガレス・ピュー(Gareth Pugh)、アルベルタ・フェレッティ(Alberta Ferretti)がそれぞれの世界観を表現する衣装を制作し、9月27日のプレミア上演で初披露された。
エイブラハムは、NYCBにとって05年のアルバート・エヴァンス(Albert Evans)以来の黒人の振付師となった。彼のNYCBデビュー作品である「ザ ランナウエイ(The Runaway,)」は、バレエ作品らしからぬ甲高い轟音で始まった。上演開始まで誰も予想すらしなかったカニエ・ウェスト(Kanye West)の曲だ。カニエの 「POWER」 や「I Thought About Killing You」などの楽曲が使用され、エイブラハムの生まれ育ったコミュニティーへの思いや、カニエから受けた影響なども表現されていた。ただし、カニエの同バレエ作品への関与は楽曲提供のみで、上演初日のGALAにも姿を見せなかった。
同バレエ作品にはカニエ以外にも米ピアニストのニコ・マーリー(Nico Muhly)やラッパーのジェイ・Z(JAY-Z)、英シンガーソングライターで音楽プロデューサーのジェイムス・ブレイク(James Blake)の楽曲が用いられた。
エイブラハムは米ピッツバーグ生まれで、コンテンポラリーダンスカンパニーA.I.M.の創立者兼振付師である。エイブラハムは昔からカニエの音楽が好きで、この2年ほどのカニエの言動や周囲の反応について注意を払ってきたという。「カニエの魅力はたくさんあるが、どこか純粋さがあり、子どものように自由なところが好きだ」と言い、「彼を敵対視する人も多いと思う。しかし、常に自分が正しいと思うことを言動に移して、矢面に立ってきた人物だ。05年に大型のハリケーン“カトリーナ”が米南東部で猛威を振るったときも、当時のジョージ・ブッシュ(George Bush)政権に対して『黒人のことを何も考えていない』と一喝した。もちろん、彼の言うこと全てに賛同しているわけではない。でも、彼のような有名人が黒人コミュニティーについて率直な声を上げることはまれだ。今回の作品で彼の音楽の素晴らしさを伝えることができてうれしい」と語った。自身の作品については「私の故郷のカルチャーを作品に取り入れ、観客がその意味を理解してくれたとき、涙があふれるほど感動する。それは、私のダンス作品ではなく、私たちのダンスになるからだ」と話した。
エイブラハムは伝統的なバレエの技法もきっちりと作品に取り入れ、成功に導いた。NYCBの振付師のジャスティン・ペック(Justin Peck)はエイブラハムの振付師としてのオリジナリティーを評価しながら「非常に示唆に富む作品を作り上げた。カニエの楽曲を使用したことも、一歩間違えば大失敗に終わったかもしれないが、そのスマートな振り付けセンスで見事に乗り切った」と称賛した。
このイベントの発起人でもある女優のサラ・ジェシカ・パーカーもエイブラハムの作品について「NYCBのダンサーにふさわしい表現だと思う。こうしたダイバーシティーに富む作品があってこそ、私たちの活動を継続できる」とコメントした。
なお、ニューヨークのダイバーシティー事情については「WWDジャパン」10月1日号でも紹介している。