常にドロップやコラボのニュースであふれ、飽和しきったニューヨークのファッションマーケットで、若手ブランドがバズを起こすのはほぼ不可能と言ってもいい。だがインスタグラムで約4万5000のフォロワーを抱えるデザイナー、ピーター・ドゥ(Peter Do)は、自身のブランドをインスタグラムで成長させながらも、そうしたバズとは一歩身を引いた存在だ。
ドゥは14年の「LVMH グラジュエーツ プライズ(LVMH Graduates Prize)」で優勝した後、拠点をパリに移しフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)率いる「セリーヌ(CELINE)」で2年間経験を積んだ。その後ニューヨークに戻り「デレク ラム(DEREK LAM)」で1年半学び、2019年春夏シーズンに自身の名を冠したブランド「ピーター ドゥ」を立ち上げたばかりだ。
ドゥは自身のブランドをスタートした理由を「服作りの根本に立ち返る時だと思った。ニューヨークで生産することでここのクラフツマンシップ、オーセンティシティー、服作りを尊重し、地元の人々をサポートしたい。みんなが作っているのはハイプ(熱狂)で、もう本当に服作りをしている人なんていないと感じていた」とブルックリンの自身のスタジオで説明する。
ブランド初となるコレクションを今夏パリで初披露し、ランウエイショー、プレゼンテーション、プレスなしで9つの卸先を獲得してニューヨークに帰ってきた。その9つの卸先にはドーバー ストリート マーケット(DOVER STREET MARKET)銀座店、ロンドン店、ニューヨーク店、そして今後2シーズンのオンライン販売権を独占契約したファッションECサイト「ネッタポルテ(NET-A-PORTE)」などそうそうたる名前が並ぶ。
「僕はインスタグラムをアクティブに活用して、制作の舞台裏などの写真を投稿している。僕が棚やテーブルを組み立てたりチームが『イケア(IKEA)』に買い物しに行くのを見ていたから、『この会社をずっと前から知っているように感じる』ってたくさんのバイヤーに言われたよ。僕がしたPR的なことはこれだけだ」とドゥ。彼のSNS上での影響力の強さもブランドの存在感を高めることに貢献したかもしれないが、洗練されていながら既成概念を覆すようなブランドの世界観も、買い付けがうまくいった理由の1つだ。
全てのアイテムが買い付けされたという19年春夏コレクションは、遊び心のあるセットアップや、手染めのバナナプリント、ツヤのあるコートやドレス、トロンプルイユ(だまし絵)プリントのコートなどのアイテムがそろい、そしてスポンジのようなシアーやテイラーリング、ハンドメード的要素などが盛り込まれていてバラエティー豊かだ。
彼が作る服は、上品でありながら斬新で、着心地の良さが見事にブレンドされた自信にあふれる服だ。“スペーサー(spacer)”というこれ以上にぴったりな名前が見つからないシアーのテキスタイルは、ドゥが学生の頃に開発し、毎年改良してきたものだ。薄いのに断熱性があり、形状を記憶するためシワの心配もないこの“スペーサー”は、冬のシアー素材というのが適切かもしれない。ドゥは“スペーサー”をTシャツやシャツ、ブラジャー、ファイブポケットジーンズ、テーラードジャケットやドレスといったアイテムに使用し、クラシックなアイテムを再解釈した。着る人によってさまざまな着こなしができそうな“スペーサー”のドレスは、ウエディングドレスとしてすでに6人の女性からオーダーを受けている。
エプロンからインスパイアされたアイテムシリーズも、空気を操り肌を見せるスタイルで遊ぶ、彼らしい発想だ。バックが大胆に開いたものや、彼がこだわる着古したような雰囲気を出すためにシワ加工を施したアイテムがそろう。洗いざらしたような加工とシワ加工を全面に施したテーラードジャケットも、着古したような雰囲気を作り出すためだという。
同ブランドは一見実験的だが、ドゥはあくまで遊び心を加えた毎日着られる日常着としている。「アメリカのファッションに欠けているのは、“装う”こと。ただ着心地がいいだけじゃない、自信が持てる服だ。美しく構築されているのに、簡単に着られる服が戻ってくると思う」と話す。
しかし、その制作方法を聞くと「普通の」服とは全く違うものと感じる。ドゥと彼のチームはデザインのスケッチ画を描かず、ボディーに合うようにドレープなどを作る方法を好むという。中でも彼の思い出に残っているという、パーツが取り外し可能なロングスリーブなど手間ひまをかけたドレスも、この方法で作られたものだ。
価格は、「セリーヌ」と同価格帯をねらう。例えば“スペーサー”ブラジャーは250ドル(約2万8300円)、シャツは300ドル(約3万3900円)、エプロンドレスは990ドル(約11万1800円)だ。ファーストコレクションは11月上旬に発送するという。ファーストコレクションを全て売り切ったというのは至難の技ではなかったかという質問に、ドゥは「毎日行き当たりばったりだよ。僕が確実にできると言えるのは、服を作ることとテキスタイルだけ。草の根的にスタートした感じだ」と答える。
「『ピーター ドゥ』はインターネットで築いたブランド。だけど、オンラインのブランンドだからって、人の温かみがないとは限らない。これが僕らの時代のコミュニケーションの取り方なんだ。ブランドとして、この変化を受け入れなければならない。僕たちの顧客にはブランドとのつながりを感じてほしいんだ」。