10月18〜21日にトビリシ・ファッション・ウイークが開催された。これはメルセデス・ベンツが協賛するファッション・ウイークとは別で、ジョージア政府観光局がスポンサーを務める催し物。主催者からの招待を受けた約20人のインターナショナルゲストは、伊・英「ヴォーグ(Vogue)」、ウクライナ「ロフィシャル(L’official)」、カザフスタン「ブーロ24/7(Buro 24/7)」などのジャーナリストと、韓国発でパリにも出店するトム グレイハウンド(Tom Greyhound)のバイヤーら、日本の媒体に寄稿するのは筆者一人だった。
ジョージア(旧グルジア)といえばデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)「バレンシアガ(BALENCIAGA)」アーティスティック・ディレクター兼「ヴェトモン(VETEMENTS)」ヘッド・デザイナーの出身国として注目を集めた国だ。筆者にとっては初めて訪れる国で知識もなかったが、この15年ほどでの国の成長は著しく、ファッション以外にも興味を引かれた。「ヴェトモン」旋風が去った今、この地のファッション産業に成長の見込みはあるのかを現地で探ってみた。
1991年にソビエト連邦から独立してからの国の転換期は、2004年のミヘイル・サアカシュヴィリ(Mikheil Saakashvili)元大統領の就任によって、共産主義から超自由主義へと路線が変わったことのようだ。共産主義時代、起業するのに必要だった800ものライセンスや許認可をすべて廃止され、さらに22種類もの複雑な税制は6種類のシンプルなものになった。民営化や国家公務員の削減も進められ、就任から9年後の2013年にはGDPを3倍へと伸ばしたのだ。現在はフラットタックス(所得にかかわらず同じ税率を課す税制)が導入され、法人税は15%、所得税は20%で、2007年には公的年金制度を廃止し社会税もなくなった。経済の自由度が上がったことが、ジョージアのファッションシーンが盛り上がってきた要因の一つだろう。
数年前、ジョージア出身のデザイナーから「ジョージアは衣類の繊維工場が極端に少なく質も悪いことが、若手デザイナーにとって大きな障害だ」と聞いたことがあった。経済状況が良くなったことで変化が見られるかと、ソビエト時代のビンテージ品を使って地元アーティストらと共に洋服を作る「フライング ペインター(FLYING PAINTER)」のデザイナーに尋ねると「14年頃にシルク工場と革工場ができた。いまだ生地の調達は難しいが、前進している実感はある」と答えた。繊維や生地は主にパキスタンとトルコから輸入されているという。ファッション市場と観光業は目に見えて成長しているため、繊維工場ができるのもそう遠くないはずだ。
1949年にスタートし、ジョージアで最も古いアパレルメーカーの一つで小売りも行う「マテリアル(MATERIEL)」の店員は、「売り上げは右肩上がり」と余裕の笑みを見せる。2003年にECサイトを立ち上げ、今年2月にトビリシ市内に店舗をオープンさせた「モア イズ ラブ(MORE IS LOVE)」の店員も「ECサイトも店舗も好調。特に、ジョージア出身のデザイナーの売り上げが伸びているのは喜ばしいこと」だと言う。ちなみに同店で人気のブランドは、「ダルード(DALOOD)」と「タツナ ニコライシュビリ(TATUNA NIKOLAISHVILI)」とのこと。
彼らの言葉を聞くと、活況を見せているのは現代女性へ向けたフェミニンなブランドのようだが、街中で見かけるのは「ヴェトモン」や「ゴーシャ ラブチンスキー(GOSHA RUBCHINSKIY)」のランウエイに出てきそうな、ストリートスタイルの若者ばかりだ。今季の「バレンシアガ」のショーでヴァザリアが「脱ストリート」を宣言したが、流行とは別にトビリシでは定番のスタイルなのだろう。ストリートブランドを多く扱うセレクトショップ、カオス(Chaos)の店員も「観光客が増えているおかげでお店も好調」と語る。
増えているといっても、街中で観光客をたくさん見かけるほどではなく、アジア人は極めて少ない印象だ。数少ない国外からのゲストにはワインと食事で歓迎し、冗談を言いながらワイワイと過ごすのが大好きな国民性のよう。お酒を酌み交わして友好を深めるというのは日本とも共通しているが、彼らはとにかく飲む量が多い。こちらがNOを言う隙もないまま、ひたすらグラスにワインが注がれて、毎晩手厚い歓迎を受けた。
同じ旧ソビエト連邦で、近隣国のウクライナを昨年9月に訪れたが、歴史的背景は近くとも人々の気質は全然違っていた。あくまで個人的な経験だが、ウクライナでは街中を歩いていると、アジア人が珍しいためかジロジロ凝視されたが、ジョージアではそのようなことはなかった。ショップ店員や見知らぬ人も気さくに話してくれるが、ウクライナでは警戒心むき出しだったのが印象に残っている。デザイナーやファッション・ウイーク関係者への取材では、ジョージアの人々はビジネスよりも楽しむことを優先しているようだったが、ウクライナの人々は上昇思考が強くビジネス戦略をしっかり組み立てている。どちらが良いということではない。西洋からは日本・韓国・中国がひとくくりに見られるが各国に特色があるように、ソビエト連邦から独立した国もそれぞれなのだ。何事も、実際に現地に足を運び、肌で触れなければ分からないことがある。
収穫の多い滞在となったが、ジョージアのファッション産業に成長の見込みがあるかについては「何とも言えない」というのが筆者の正直な感想だ。社会に潤沢な資金がない分、クリエイティビティーやパッション、マーケティング力を武器にしたブランドを期待していたが、抜きん出るようなブランドには出合えなかった。年金を廃止して税制をゆるめるという政策も、長期的に見ればリスクの方が大きいように思える。幾度となく戦いに負け、強国による侵略と破壊が繰り返された歴史が彼らに“一寸先は闇”の思考を根付かせたのかもしれない。だからこそ物事を短期的に捉え、未来を楽観視してワインを飲みながら今を楽しむのだが、ビジネスに必要な論理的視点は大きく欠けている。
とはいえ先が見えない現代社会では、どの国に住んでいようと“一寸先は闇”の部分はあるだろう。今回ジョージアの人々から学んだ、将来を案じず今を楽しむことの大切さは、心にとどめておきたい。
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける