慶應義塾大学環境情報学部(SFC)の水野大二郎・准教授は、行動する研究者だ。日本では珍しい海外のファッションデザイン学のPhD(博士号)を持ち、京都造形芸術大学時代には大阪と京都で研究者やデザイナー、建築家たちと取り組んだ意欲的なデザインプロジェクト「デザインイースト」を、東京では2014年にファッションブランドのプロデューサーや弁護士、広告クリエイター、起業家、研究者など100人を集めてファッションの未来を考えるハッカソンイベント「100人の大会議」を開催した。自らパターンも引ける水野准教授の研究室では研究と教育、実践がセットになっており、学生に求める水準の高さと厳しさでも知られる。水野准教授は、ファッションデザイナーの未来をどう見ているのか?
WWDジャパン(以下、WWD):留学先の英国では何を?
水野大二郎・准教授(以下、水野):イギリスでファッションデザインを学んでいるとき、ずっと違和感があった。自分の身体とかけ離れた誰かに向けてデザインし、作るプロセスが神話化された閉じた世界。ただ当時、それとオーバーラップするようにデジタルテクノロジーが登場した。3DプリンターやデジタルCADを使えば、デザインを民主化できる。帰国後は研究と教育、実践を通してファッションデザインの更新を目指してきた。
WWD:大学の外ではどのような活動を?
水野:2014年にファッションデザイナーやデベロッパー、広告クリエイター、アーティスト、編集者、研究者などファッション業界内外で活動する100人を集めて一日中ディスカッションする「100人の大会議」を開催し、2015年にはブランドのプロデューサーや弁護士、学生らと協同して、ファッション業界内外の起業家や研究者、デザイナーと行った十数回のワークショップをまとめた「ファッションは更新できるのか?会議」(フィルムアート社)を出版した。
17年にはグーグルの研究開発機関「ATAP(Advanced Technology and Projects)」と共同研究プロジェクトを行い、18年には「ユイマ ナカザト」のパリ・オートクチュール・コレクションの制作に協力した。そうした議論を経て気づいたのは、広い視野で捉えたときのファッションの面白さやユニークさは、端的に言えば“すぐに形にできて売れる”こと。建築や工業製品は、良くも悪くもクリアすべき多くの基準や障壁がある。でもファッションには思いついたことをすぐに社会に出していける軽やかさがある。ファッションの最大の強みは、全世界で進行する壮大な社会実験のような実践と検証なのだと思う。
WWD:一方で課題をどう見る?
水野:ファッションデザインの分野で言えば、日本では多くの場合、現在もデザイナーが手描きの世界にとどまっていることは大きな問題だ。人間の手でしかできないこともあるし、逆にコンピューターでしかできないこともある。ただ、問題の本質はそこではない。デジタルの最大の利点は履歴が残ること。そもそもデザインの本質とは、理論のような抽象的な概念を形に落とすときの悩みや苦しみなどの試行錯誤の軌跡だ。PCのソフトウエアを使用すれば、その軌跡をすべて記録し、後につなげられる。手書きのデザイン画をもとにトワルを重ねていくようなやり方だけでは、いずれコンピューターに抜かれてしまうだろう。
2012年に慶應大学に来て驚いたのは、世界の捉え方の違いだった。これまではアートやファッション、デザインが世界の最重要事項だったのに、ここではそれはごく一部。世界はもっと広い。ファッションデザイナーの役割が低下し、デザインそのものが停滞しているのは、文化や環境などの社会の課題や変化に対応できていないから。その意味でアートをルーツにしたセント・マーチン美術大学やアントワープ王立芸術学院のファッション教育にも限界があると感じている。
WWD:では新しいファッションデザイナーの役割とは?
水野:パターンを引いたり色を考えるといった狭義の意味での服のデザインに加え、どこで何をどのくらい作るのかといったサプライチェーン、素材やテクノロジーの進化へのキャッチアップ、サステイナビリティーなどの社会課題への対応まで、幅広い分野のすべてを知った上で最終的にどう服というプロダクトに落とし込むのか。服を作って売るまでトータルに“デザイン”することが求められている。その意味で、5年後10年後のファッションデザイナーは今とはかけ離れた人間像になる。
WWD:実際に一人の人間に可能なのか?
水野:難しいが不可能ではないはずだ。ただ、かなりの教養と知性が求められる。素材からデザイン、マーケティング、サプライチェーンまで既存の領域を横断する必要があるし、最新のテクノロジーをキャッチアップするためには世界中の情報に精通している必要もある。ある意味、相当なエリートだ。研究者であり、教育者でもある私自身も、既存の領域をクロスオーバーしていかねばならない。5年後10年後を見据えて、新しいファッションデザイナーの育成に注力したい。