ラフ・シモンズ(Raf Simons)「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」チーフ・クリエイティブ・オフィサーが同ブランドを去ることが発表されたが、その影響や今後の展望について業界関係者はどう見ているのだろうか。
コレクションライン「カルバン・クライン コレクション(CALVIN KLEIN COLLECTION)」が絶頂期にあった1990年代半ば、同ブランドの売り上げは卸売だけでおよそ6000万ドル(約66億円)あったが、その後は下降していった。なお、「カルバン・クライン」ブランドで販売されている全製品のグローバルでの売上高は80億ドル(約8800億円)超にのぼる。
ラフの存在は、「カルバン・クライン」に大きな注目をもたらした。ショーには、グウィネス・パルトロウ(Gwyneth Paltrow)やジュリアン・ムーア(Julianne Moore)、ニコール・キッドマン(Nicole Kidman)、ソフィア・コッポラ(Sofia Coppola)などの大スターやセレブが詰めかけ、2018年の第90回「アカデミー賞(Academy Awards)」で主演女優賞にノミネートされたシアーシャ・ローナン(Saoirse Ronan)は授賞式で「カルバン・クライン バイ アポイントメント(CALVIN KLEIN BY APPOINTMENT)」のドレスを着用した。
しかし、モーリス・ゴールドファーブ(Morris Goldfarb)G-IIIアパレルグループ会長兼最高経営責任者(CEO)は、「メイシーズ(MACY’S)やディラーズ(DILLARD’S)などの百貨店に入っている『カルバン・クライン』で買い物をする人に、『ラフ・シモンズが誰か知っているか?』と質問しても誰も知らないだろう」とコメントした。なお、同社では「カルバン・クライン」と「カルバン・クライン・パフォーマンス(CALVIN KLEIN PERFORMANCE)」、およびハンドバッグを製造販売している。
「カルバン・クライン」が、デザイナーによるコレクション発表やそのイメージ戦略なしに今後も事業を発展させられるのかという質問に、ゴールドファーブ会長兼CEOは、「できると確信している。今まで通りマーケティングに多額の予算を割くだろう。当社にとっては、ラフ・シモンズの存在よりもそうしたマーケティングの影響のほうが大きい」と答えた。また、同ブランドを擁するPVHコープ(PVH CORP)のエマニュエル・キリコ(Emanuel Chirico)会長兼最高経営責任者(CEO)がラフに十分な時間を与えたと思うかに関しては、「部外者である私には舞台裏の事情はわからないが、クリエイティブな人間の管理は難しい場合もあるだろう。エマニュエルは公認会計士だったので財務やビジネスに強いが、ファッション畑の人間ではない。もしかすると、二人はそりが合わなかったのかもしれない」とコメントした。
「カルバン・クライン コレクション」の元プレジデントであるスーザン・ソコル(Susan Sokol)=ハイアルケミー(HIGH ALCHEMY)共同創業者兼CEOは、「退屈なブランドとなりかけていた『カルバン・クライン』にラフが新たな刺激や興奮をもたらしたことは間違いない。しかし、彼がいないからビジネスが成り立たないということはないだろう。昔は、デザイナーが発表するコレクションがそのブランドで販売する他の製品のイメージも左右した。しかし、ここ20年における『カルバン・クライン』の売り上げは、マスマーケティングによるイメージ戦略でライセンス事業を発展させてきたことによる。ラフは非常に才能のあるデザイナーだが、そうしたビジネス面での経験が不足していたのかもしれない」と述べた。
カルバン・クラインの元最高マーケティング責任者だったキム・ヴァーノン(Kim Vernon)=ヴァーノン・カンパニー(VERNON COMPANY)社長は、「ラフのコレクションは創造力にあふれていて業界受けはよかったが、一般に売れるタイプの服ではなく、店舗での売り上げが悪かった。そしてラフは、コレクション以外の製品にそれほど真剣に取り組まなかったので、その売り上げも伸びなかった。商業的な裏付けのないアートは、上場企業では扱えない」と言う。
ケン・ダウニング(Ken Downing)=ニーマン・マーカス(NEIMAN MARCUS)シニア・バイス・プレジデントは、「ラフ・シモンズは偉大なデザイナーだし、『カルバン・クライン』はアメリカの素晴らしいブランドだ。ラフの採用は大きな期待を持たれていただけに、その退任は残念だと思う。彼は『カルバン・クライン』とニューヨーク・ファッション・ウイークに刺激をもたらしてくれた。しかし、どんな関係でもそうだが、うまくいっていないのであれば早めに対応するのがお互いのためだろう」と語った。
小売業界を専門とするコンサルティング会社、ロバート・バーク・アソシエイツ(ROBERT BURKE ASSOCIATES)のロバート・バーク最高経営責任者は、「『カルバン・クライン』は大規模なブランドなのに、最初からラフに権限を与えすぎたのではないか。例えば『グッチ(GUCCI)』も大改革を行っているが、もっとゆっくりと自然な形で変わっていった。また、ラフのデザインは『カルバン・クライン』の顧客層には先進的すぎた」と言い、ブランドにコレクションラインが必要かという質問には、必要だと思うと答えた。「ブランドには、方向性を指し示す強い視点が必要だ。またアパレルブランドである以上、時代に取り残されるわけにはいかない。ファッション性の視点から、ブランドを引っ張っていく存在が必要なんだ。そうしないと、『カルバン・クライン』のようにライセンス事業が盛んなブランドでは、それぞれの方向性がバラバラになってしまう」。
なお、ラフが「カルバン・クライン」を去ることが発表された数時間後、スティーブ・シフマン(Steve Shiffman)=カルバン・クライン最高経営責任者が、事情を説明する以下のメールを取締役などに送付した。「『カルバン・クライン』のコレクション事業および事業全体を今後どうするのかについて、現在さまざまな角度から検討している。チーフ・クリエイティブ・オフィサーのラフ・シモンズとは、方向性の違いにより、互いに別々の道に進むことを友好的に合意した。これに伴い、『カルバン・クライン』は19年2月のニューヨーク・ファッション・ウイークでのコレクション発表を控えることとなった。ラフの『カルバン・クライン』への貢献に感謝している。彼のおかげで、よりクリエイティブなブランドとなることができた。ラフの今後の活躍、そして彼のブランドのますますの発展を心より願っている。『カルバン・クライン』の今後の計画については、19年1月に発表する」。