誰しもものごとを考えるとき、本からヒントを得ることは多いはず。ファッションについて考える時にも、本を読むことは有用な手段になる。
2018年はファッションに関する書籍が多く出版された年だった。そこで、今年出版されたファッション関連書籍のなかから10冊を紹介したい。話題のビジネス書から、ファッション研究の最前線を紹介する学術書まで幅広く選出した。気になる本があれば、ぜひ手にとってみて欲しい。
「ユニクロ対ZARA」
(齊藤孝浩、日本経済新聞出版社)
今年、売上高2兆円(18年8月期〈前期〉連結業績)を突破した国内アパレル最大手「ユニクロ(UNIQLO)」(ファーストリテイリング)と世界1位のアパレル企業である「ザラ(ZARA)」(インディテックス〈INDITEX〉)。本書はこの特徴的な2社の経営思想やブランド戦略などの比較を通して、両社の成長要因とアパレル市場の構造を明らかにする。2014年に発売された同名書籍の文庫版だが、文庫化にあたって最新データの追加など加筆修正が施されているため、単行本を読んだ人にも再読をおすすめしたい。さらなる成長を続ける2社を振り返るきっかけに。
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「メルカリ — 希代のスタートアップ、野心と焦りと挑戦の5年間」
(奥平和行、日経BP社)
6月に東京証券取引所マザーズに株式を新規上場し、12月に日本経済団体連合会(経団連)に入会するなど、今年話題に事欠かなかったメルカリ(MERCARI)の設立から現在までの足どりを、山田進太郎・会長ら創業メンバーを中心にしたストーリー調でつづる。2次流通業社の増加や各種シェアリングサービスの成熟により消費者の購買行動が変化した昨今、その変化の中核を担ったとも言えるメルカリから得られる知見は少なくない。
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「ものがたりのあるものづくり — ファクトリエが起こす『服』革命」
(山田敏夫、日経BP社)
国内工場直結のECファッションブランド「ファクトリエ(FACTELIER)」のこれまでとこれからを、山田敏夫ライフスタイルアクセント代表取締役(CEO)自ら著した半自伝的著作。「ファクトリエ」の役割を「ものづくりの物語を伝える“語り部”」とする山田代表がメード・イン・ジャパンにこだわるに至った経緯や、2012年の設立以後に経験した多くの課題や失敗を赤裸々に語る。工場のモノ作りを支える方法や消費者との付き合い方など、アパレル業界に変革を起こそうとする「ファクトリエ」のこだわりと熱意を感じる1冊。
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「僕たちはファッションの力で世界を変える — ザ・イノウエ・ブラザーズという生き方」
(井上聡・井上清史、PHP研究所)
“サステイナブル”や“エシカル”といったテーマは、昨今のファッション業界で特に重要視されている課題だ。2004年に「ザ・イノウエ・ブラザーズ(THE INOUE BROTHERS…)」を設立した井上聡、清史兄弟は、いち早くそれらへの問題意識を持ってアクションを起こした先駆的な実践者と言えるだろう。文章の端々に見え隠れする2人の不条理への強い怒りは、読者を傍観者のままに止めない力強さがある。章と章の間に挿入される2人の母親による回想録や指標とする偉人の名言は、井上兄弟の人物像をより鮮明にし、さらなる魅力を引き出す。
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「破天荒フェニックス — オンデーズ再生物語」
(田中修治、幻冬舎)
今年、話題書を次々に出版した幻冬舎からもピックアップ。本書は、眼鏡店チェーンのオンデーズ(OWNDAYS)で起きた実話をベースに物語として再構築した半ドキュメンタリー小説。約500ページのボリュームながら、ギリギリの状況をなんとか切り抜け続ける疾走感のあるストーリーが読者を飽きさせない。倒産目前だったオンデーズを田中修治オンデーズ社長はいかに立て直したのか、ビジネス書としても一読の価値あり。
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「ファッションスタイル・クロニクル — イラストで見る"おしゃれ"と流行の歴史」
(髙村是州、グラフィック社)
古今東西のあらゆるファッションスタイルを解説したカラーイラスト集。スタイルごとに簡単な説明も添えられているため初心者にも分かりやすい。巻末には19世紀以降に流行したファッションスタイルをタイムライン上にまとめた年表も付属しているので、これまでのファッションの流れを大まかに把握することができる。「ディオール(DIOR)」など有名メゾンのデザイナーの変遷、年代別の時代背景の解説など、補足的なコラムや文章もあるため、ファッションに関する基本的な知識を深めたいときにぜひ。
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「モードの誘惑」
(山田登世子、藤原書店)
2016年に死去したフランス文学者の山田登世子によるモード論エッセイ集で、単行本初収録の原稿も含めて、“モード”や“ブランド”をキーワードとした論考をいくつかまとめている。山田の既刊書籍と同様に、「シャネル(CHANEL)」あるいは、創業デザイナーのココ・シャネル(Coco Chanel)について書いた論考をとりわけ多く収録。短編集になっているので、読書する時間があまりない人にもおすすめしたい。軽妙ながら上品さを感じさせる文調が読む人を魅了する。
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「わたしの服の見つけかた — クレア・マッカーデルのファッション哲学」
(クレア・マッカーデル、矢田明美子 訳、アダチプレス)
「ファッションの言いなりになって生きようなんて思わないでください。なによりも、まず自分らしくいることが大事です」(本書P.13)。ファッションデザイナー、クレア・マッカーデル(Claire McCardell)の言葉は装いに対する心構えを教えてくれる。マッカーデルは、機能性と美しさを兼ね備えたファッションを追求した既製服デザイナーで、“アメリカンルック”の創始者とされている人物。優れたデザイナーであった彼女の考え方から、デザインの本質を学び取ることもできるはず。彼女が活躍したアメリカのファッション文化などに興味がある人には、次の「まなざしの装置」がおすすめ。
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「まなざしの装置 — ファッションと近代アメリカ」
(平芳裕子、青土社)
ヨーロッパ、パリを軸とするファッションの歴史において、傍流とらえられがちなアメリカに目を向けた本書は、詳細なメディア分析を通して、“女性らしさ”を作り出すファッションを読み解いていく。本書が取り上げた当時の女性誌の図版やショーウインドーなどがそうだったように、現在ではインスタグラムをはじめとするSNSが女性の日常に溶け込んでいる。また、ジェンダーに対する考え方はいまや大きく変化した。現在のファッションやメディアを考える上でも、定義が更新され続ける“女性らしさ”を考える上でも本書は欠かせない。
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「ファッションと哲学 — 16人の思想家から学ぶファッション論入門」
(アニェス・ロカモラ・アネケ・スメリク 編、蘆田裕史 監訳、フィルムアート社)
ファッションは装いという意味において個人的な営みでもありながら、時代の潮流に密接に絡み合う社会的かつ文化的な現象でもある。そのためファッションを研究するには、哲学や社会学、記号学など幅広い学問領域を横断する必要がある。16人の現代思想の重要人物を取り上げ、彼らの理論を手立てに高度なファッション批評を展開する本書は、今後のファッション研究に大きく貢献するだろう。取り上げているカール・マルクス(Karl Marx)やジル・ドゥルーズ(Gilles Deleuze)などの思想家の入門としても有効。ファッションを深く考える際に、必読すべき1冊。
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秋吉成紀(あきよしなるき):1994年生まれ。2018年1月から「WWDジャパン」でアルバイト中。