女性がハイヒールを選ぶときのポイントは「デザインがかわいい」「スタイルを良く見せたい」といったところだろう。しかし、ハイヒールには見た目の美しさと裏腹に、「ふくらはぎが疲れる」「つま先が痛くなる」といったネガティブなイメージがつきもの。分かっていながら買ってみたものの、結局履かなくなったという経験を持つ女性も多いのではないだろうか。一方で履き心地の良さを掲げるシューズブランドもあるが、正直気に入ったデザインに出合うことが少ないという声も聞く。そんな、美しさと履き心地の両立という女性の靴へのワガママをかなえるブランドが「サキアス(SAKIAS)」だ。デザイナーの瀧見サキは、自分の足に合うハイヒールを作るという一心で会社を辞めた後、靴デザイナーの道を歩み始め、美しいデザインと共に履き心地を徹底的に研究し続けてきた。「サキアス」のシューズはディスプレーされている状態ではなく、履いたときに一番美しいシルエットが完成し、かつ足へのストレスもないという、本来靴が持つ役割をきちんと果たしてくれるのが魅力だ。ラインアップはハイヒールやパンプスをはじめ、ショートブーツやローファーまでそろう。“自分が語るのではなく、靴が語る”「サキアス」はそんな気にさせてくれるシューズブランド。デザイナーである瀧見の靴作りの哲学を彼女のアトリエで聞いた。
WWD:ハイヒールに魅了された理由は?
瀧見サキ(以下、瀧見):90年代のトム・フォード(Tom Ford)が手掛けていた「グッチ(GUCCI)」のコレクションに影響を受けたことです。パンツスタイルにピンヒールを履いた女性像は衝撃でした。元々、父が「ブルックス・ブラザーズ(BROOKS BROTHERS)」のシャツに「エドワード・グリーン(EDWARD GREEN)」のシューズを履くようなアメリカン・トラッド好きで、母親も比較的マニッシュなスタイルが多く、その影響でユニセックスなファッションを好んでいました。フェミニンなアイテムや色が少ない環境で育ったので当然、靴はローファーかブーツかレースアップシューズ。ハイヒールを履く想像はできませんでした。フェミニンなスタイルには、今もあまり興味はないんです。
WWD:シューズデザイナーを志したのはその頃ですか?
瀧見:大学生のころ、夜クラブで遊ぶようになったとき、より自分のスタイルを良く見せたいという気持ちが強くなったんです。パンツの丈も9.5cmのピンヒールに合わせてセレクトするようになりました。就職後もハイヒールは必需品でしたので、痛いのを我慢して履き続けましたが、次第にハイエンドブランドのハイヒールだったら、それが改善されるのではと考えるようになりました。
WWD:改善されたんですか?
瀧見:20代の頃でしたが、思い切って「マノロ ブラニク(MANOLO BLAHNIK)」を購入しました。「エドワード・グリーン」を履くような父の影響でハイエンドブランドのアイテムは良い、長く使えるという記憶が刷り込まれていたんだと思います。羽のように軽く、靴はとても美しかったのですが、電車通勤をしていた自分の生活と欧米人とは骨格が異なるので、自分の足には合わなかったんですね。他のブランドも試したのですが自分の足に合わず、それならいっそ自分で作ってしまうのが近道と考えました。
WWD:靴作りはどのように学んだのですか?
瀧見:会社を辞めた後、木型の設計のカリキュラムがあった浅草のエスペランサ靴学院に通い、道具の使い方からマッケイやノルべジェーゼ製法まで、手製靴の型紙・製甲・底付け製法を学びました。当時はあらゆる靴の製法を習得しなければ卒業できないという厳しい方針だったので、ハンドソーンの靴ばかり制作していましたね。授業外に木型の先生を訪ねては個人的にハイヒールの木型を削っていました。卒業後は研究生として1年間通いましたが、理想的なハイヒールと出合うことはなく、木型職人でもあった講師の先生の指導の元、ひたすら木型を削っては靴にして試す日々が約10年間続きました。ハイヒールを履いた時、最も痛みを感じるのは足の裏の足趾の付根辺り。ここに集中する荷重を分散させれば痛みを軽減できるはずと、土踏まずや踵を立体的にした木型を作っていたのですが、思うような結果が出ない……。次第に足の状態は常に変化することに着眼するようになりました。朝夕で足のむくみ方は異なるように、些細な生活の変化で足の状態は変わります。エスペランサ靴学院でも解剖学の授業はあったのですが、足や歩行に関する知識をもっと深めたいと思うようになりました。
WWD:具体的にどのような勉強をしたのですか?
瀧見:ドイツ整形靴技術者のセミナーや短期の学校にも通い、シューフィッターの資格も取りました。特に上級シューフィッターの方々との勉強会で、歩行の権威として知られる江原義弘氏の特別講義に参加し、運動力学の基礎知識から歩行のメカニズムについて知ったことは、後に7.5cmと設定するヒールの高さや、重心の捉え方について大きく影響を受けました。足の骨は片足で26個(種子骨をいれると28個)もあります。靴は骨の凹凸を包み込む容量が必要で、常に変化する足の状態に対応するためのサイズの調整機能も不可欠。この考え方に基づいて初めて制作したハイヒールが“カトリーヌ”です。
ディスプレーではなく、履いた時に足が最も美しく見える設計
WWD:“カトリーヌ”の特徴は?
瀧見:レースアップなので足に合わせてサイズ感を調整できることと、足に無理のないゆったりめの設計にしている甲の横幅が重く見えないよう、ピープトウにして爪先に抜け感を出しています。ストレスなく人間が歩けるギリギリのヒールの高さは7.5cmなのだそうですが、ハイヒールとしての理想は9.5cm。軽くて、地面に着地したときの衝撃を吸収してくれる素材を使用したオリジナルのストーム2cmをプラスすることで足の裏の痛みを軽減しつつヒールは9.5cmに。レースアップによって足と靴を密着させ、重心をしっかりと捉える位置にヒールを取付けているので、安定感のある歩行を可能にしています。
WWD:足の痛みも解消したのですか?
瀧見:東京のライフスタイルは、公共交通機関を何度も乗り継ぎ移動します。足にとってはこの移動こそが一番の負担。”カトリーヌ”はハイヒールで初めて、疲れも痛みも感じずに一日過ごすことができました。夫にそのことを話すと「仕事にしてみたら」とアドバイスをもらったのが、ブランドをスタートしたきっかけです。自宅の一室を制作場所に利用していたので「このまま、木型の制作を続けるのであれば何かに応用したら」と。
WWD:「サキアス」の靴作りのこだわりを教えてください。
瀧見:2012年秋冬がブランドのスタートで、当初より“芝生の上を歩くような心地よさ”と評された履き心地の良さと足が美しく見えるハイヒールの制作にこだわっていたのですが、出産をきっかけにヒールの低いシューズの制作も始めました。今、履いているパンプスのヒール高は4.5cmですが、ハイヒールを履いたシルエットを見慣れていると低いヒールを履いた自分の姿が受け入れられず、、少しでもすっきりとバランスよく見えるように履き口のラインを細く、長く設計することで足首の一番細い部分に自然につながるようにしています。また、ハンドステッチがあることで奥行きが生まれ、足全体を立体的に見せることができるんです。ステッチはモカ縫いなどに使用される糸を使用し、数少ない浅草の職人による手縫いで、針足は5ミリ幅で5つというリズムが心地よい黄金率。すべてのデザインに、少しでも心地よく、バランスよくを意識しています。
WWD:“芝生の上を歩くような心地よさ”を実現するために重要なことは?
瀧見:履く人のことを徹底的に考えることです。例えば、5ステッチシリーズの木型は形が歪なんです。足は土踏まずのある内側と、地面に接地している外側とでは厚みが異なります。断面を見ると歪んだおにぎりのような形です。一般的な木型の断面は内側と外側であまり差のないかまぼこ型をしています。その理由はディスプレーした時に最も美しく見えるよう計算しているからなんです。一般的にこの靴の美意識が浸透していますが、「サキアス」は履いたときに最も美しく見えること、足のまま心地よくいられることを追求しています。
WWD:ローファーのヒールパッチもかかとのケアが理由ですか?
瀧見:ヒールパッチはデザインと靴ずれ防止用です。ローファーは制服にも採用されるほど誰にとっても履きやすいデザインだと思うですが、靴ずれの悩みを持っている人も多いんです。あと、ローファーのシュータンを限りなく短くし、サイドのトップラインからも離すことにより足首までの空間が生まれてスッキリときれいに見えるよう設計しています。
WWD:“機能美”という言葉がしっくりきます。
瀧見:あくまで自分が履くという判断基準はありますが、ストレスなく履けて、履いたときに最も美しく見えるという考え方です。例えばポインテッドトウは、どう設計してもつま先が窮屈に感じてしまうので、新作ではアッパーに柔らかいラムレザーを使用し、芯材も柔らかい素材を使用しています。
WWD:「サキアス」を一言で表現するとしたら?
瀧見:“履いてこそ美しい靴”だと思っています。履いた人の魅力やスタイリング全体が引き立つようなデザイン、奥行きを持たせた足元の立体感を意識しています。オリジナルのグラフィックを革にプリントすることもあるのですが、柄の大きさや色など、履いたときの見え方を重視して決定しています。新作のメッシュパンプスも靴に光が当たると生まれる艶など、陰影がつくことで立体的に見える。今は伊勢丹のリ・スタイルやストゥディオス(STUDIOUS)、阪急百貨店うめだ本店などで販売していて、来年の春夏から三越日本橋本店と三越銀座店でも取り扱いがスタートするのですが、先日、バイヤーの方が展示会のときに履いて来場いただき、フェミニンなスタイルに合わせていらっしゃいました。自分ではイメージできないスタイリングを見るとうれしくなります。
WWD:靴作りのインスピレーション源は?
瀧見:最新コレクションは、古本屋で偶然手にとった無名の彫刻家の作品集です。完成した作品と制作過程で生まれる破片、光があたっている部分だけでなく影の部分にもフォーカスしたんです。奥行きを構成するために“陰と陽”は不可欠の要素なので強く影響を受けました。16年秋冬のテーマは、旧ソ連の詩人(ウラジーミル)マヤコフスキーだったのですが、古本屋で詩集を買ったのがきっかけ。詩集はポケットに入るサイズ感と表紙も素敵ですよね。
WWD:お気に入りの古本屋はどこですか?
瀧見:神保町界隈や中野ブロードウェイなどですね。雑多な感じの古本屋にフラっと入って、たまたま手にとった本に興味をもつような出合い方が理想です。今まで興味のなかった人の本を読むきっかけになります。
WWD:「ミスター・ジェントルマン」とのコラボでは、ポストマンシューズなどメンズシューズも制作していますが、ウィメンズの靴作りの考え方との違いはありますか?
瀧見:ポストマンシューズはユニフォームシューズで働く靴。長く歩いても足先に負荷がかからないトウのシルエットが特徴的で、サイズ調整機能のあるレースアップ。メンズシューズでは一つのカテゴリーとして認識されていますが、ウィメンズで発表したところ、 毎回展示会に足を運んでいただいているデザイナーのオオスミさんと吉井さんにお声がけをいただきました。ポストマンシューズは元々メンズの木型のシルエットを採用していたので、基本的なシルエットは同じです。ウィメンズでは通常仕様のインソールのクッション材がメンズでは珍しいことだったり、色々と発見がありました。機会があれば他のブランドとのコラボレーションはしたいと思っています。
女性モデルが「サキアス」のフィッティングを体験
WWD:女性モデルにフィッティングをしてもらっても良いですか?
瀧見:はい。足の計測から行うのですが、選ぶ靴の種類によってさまざまです。パンプスやヒールは靴の中での足の動きが見えないので数値を元に適応サイズを検討していきますが、サンダルは実際に履いたときの足の状態を見てサイズを決めます。
モデル:私は背が高くないのでヒールを履く機会が多いですが、足幅があるので甲の両側が擦れて痛むことがあります。
瀧見:開張足と言って足指のつけ根を横に結ぶアーチの形が崩れてしまい、足の指が横に広がってしまう状態のことかもしれませんね。足育研究会という足の健康を主題にした社会法人があるのですが、その会でもよく議題に上がっています。
モデル:合わない靴を履き続けることが原因なんですか?
瀧見:足の形に合っていない靴を履いているか、サイズを間違っているか……。両足を計測しますので真っすぐ立ち、顔は正面を向いてください。きつい、ゆるいなどを教えてください……。次は前に踏み込んでください。足の長さは右足が232mm、左足が231mmなので両足の長さにほとんど差はありません。甲周りは右左それぞれ225mmと223mmで2mm差があり、足幅も右足が大きいですね。
モデル:外反母趾なのでしょうか?
瀧見:外反母趾かどうかは医師の診断が必要になります。外反母趾ではないと思いますが、足裏の筋肉が全体的に落ちている状態かもしれません。ハイヒールばかりではなく足を休める日を設けていただくとよろしいかもしれませんね。
モデル:私の場合、どのモデルがベストですか?
瀧見:例えば、サンダル“マルグリット(Marguerite)”だと横幅も選べるので長さを23cm、幅は23.5cmがよろしいかと思います。受注会ではさらに細かな計測を行っています。
モデル:既製靴では擦れている箇所があると靴全体のサイズを上げていますが、どこかブカブカに感じることがあります。結局、履き続けると足だけでなく腰への負担も感じます
瀧見:「サキアス」では、木型調整といって局地的に当たってしまう部分を木型の肉盛りから変えることでその悩みを解消しています。このサンダルはシューレースで足全体をホールドし、足の指は自由に動くように設計しています。これが足全体にストレスがかからない構造なんです。シューフィッターが考えるベストな靴の基準は、履いているときに足の指は自由に動き、つま先立ちをしたときに踵が浮かないこと。きつすぎると足先への血流が滞ってしまい、足がしびれたり、踵が浮く状態では歩行が不安定になり腰を痛める原因になることもあるんですよ。