サーカスのピエロと聞いて、“悲しい道化”をイメージする人がいれば、“人を笑顔にする芸人”を想像する人もいるだろう。同じ質問を「ディオール(DIOR)」のマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)=アーティスティック・ディレクターにすれば後者と答えるに違いない。「体ひとつで人に夢を与える、プロフェッショナル」とつけ加えるかもしれない。マリア・グラツィアの物ごとのとらえた方は一貫してポジティブで、だから今の「ディオール」は力強い。
「ディオール」の2019年春夏オートクチュール・コレクションのテーマはサーカスだ。女性だけで構成されるイギリスのサーカス団Mimbreのアクロバティックなパフォーマンスの間を縫うようにしてサーカス団員に扮したモデルたちが歩いた。
Mimbreは道具は使わず、2~3人で組体操のようなパフォーマンスを見せる。バランスが重要な危険と隣り合わせの動きであり、終了後には肩を抱き合う様子からも演者同士の信頼関係が大切であることがわかる。「ディオール」は、18-19年秋冬コレクションではバレエ団とともにショーを見せている。マリア・グラツィアは最近、肉体的・精神的に自己鍛錬したプロフェッショナルの動きの美しさに魅了されているようだ。それは一見するとファッションと関係ないことのようだが、“夢を持ち鍛えよ、そして自信を持て”のメッセージは自己表現としてのファッションとつながる。
「ディオール」とサーカスの間には2つの有名なストーリーがある。ひとつは写真家のリチャード・アヴェドン(Richard Avedon)が1955年に撮影した、オートクチュールのドレスを着たモデルが2頭のサーカスの象と映っているモノクロの写真。もうひとつはジョン・ガリアーノ(John Galliano)がアーティスティック・ディレクターを務めていた時代のコレクションで、ガリアーノはサーカスが持つ幻想的でどこか切ないイメージを好んで取り入れた。
今季の「ディオール」のサーカスを演じるモデルは、ピエロの涙目風メイクをしているが悲し気ではない。空中ブランコ乗り風のミニドレスや猛獣使いのようなブラックジャケットなど一ルック一ルックが個性的で、映画「ザ・グレイテストショーマン」に登場したピンク色の髪のブランコ乗りアンなどをほうふつとさせる。
少し色あせたカラフルな色彩は1917年に発表されたバレエ“パラード”から。詩人のジャン・コクトー(Jean Cocteau)が見世物小屋を舞台にした台本を書き、エリック・サティ(Erik Satie)が音楽を、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)が舞台美術や衣装を担当したという伝説のバレエで、ピカソが描いた舞台のどんちょうの色彩がコレクションに反映されている。
リリースの冒頭には書籍から引用した「あれは男性、それとも女性?どちらでもない、それはピエロ」という言葉が記されているように、ピエロを題材に選んだのはその中性的な存在感にもある。「ピエロは両性的・中性的で可能な限りの平等を表現している。もはや美、出身、性別そして年齢は意味を持たず、重要なのは技術と大胆さだ」とマリア・グラツィアは話している。