ニューヨーク・ブルックリンを拠点にするアーティストのロースター(ROSTARR)は2月3日まで、「アニエスべー(AGNES B.)」が青山店2階にオープンしたアートギャラリーの企画第1弾として「PAREIDOLIC BEHAVIOUR」展を開催している。ロースターは文字や記号を中心としたカリグラフィー作品で知られるアーティストだが、同展では1998〜2018年の20年間でスケッチ感覚で描きためてきた顔の絵を公開している。描かれているのは、電車の中で出会ったランダムな人物だというが、中にはバットマン(Batman)など架空のキャラクターからファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)やジェイ・Z(Jay-Z)、カニエ・ウエスト(Kanye West)などのヒップホッパーもいる。会場では130点を超える全作品が購入可能だ。
「アニエスべー」をはじめ、「ナイキ(NIKE)」「ステューシー(STUSSY)」「ディーゼル(DIESEL)」「グラビス(GRAVIS)」などさまざまなブランドとのコラボを手掛けてきた経験もあるロースターに、アートやファッション、今のニューヨークについて語ってもらった。
WWD:展示のタイトル“PAREIDOLIC BEHAVIOUR”とは?
ロースター: “パレイドリア(Pareidolia)”とは壁のシミや雲の形が人の顔に見えたりと、本来そこに存在しないものを見つける心理現象のこと。“ビヘイビア(Behavior)”は僕が20年近くスケッチブックに人の顔を描き溜めている“行動”の意味を持たせている。今回の展示作品は、アイデアが浮かんだ時や脳トレ感覚で数分でスラスラ描いてきたものだから、誰かに見せるために描いていなかったんだ。
WWD:描いている顔は実在する人物なのか?
ロースター:スケッチブックを手に取ったときは“友人を描こう”と思うことはないが、その時に頭の中に浮かんだ人を描いていることがある。それは、友達もいるし、街や電車の中で見た人、ファレルなどの好きな歌手、バットマンとか架空のキャラクターの場合もある(笑)。
WWD:アニエスべーとの出会いは?
ロースター:2002年頃に友人が彼女に僕のアートを紹介してくれたきっかけで知り合った。それからアーティストのホセ・パルラ(Jose Parla)とリー・キュノネス(Lee Quinones)と一緒に911(アメリカ同時多発テロ事件)をテーマにしたアート展を開くことを決めた時に、僕らの思いに共感し会場を用意してくれてた。実際にアニエスベー本人が作品を購入してくれたんだ。その後もパリや東京に呼んでくれて、店舗のアートを担当させてくれたり、一緒にコラボ商品を作ったりと協業を続けている。彼女はアーティストへの理解が深い素晴らしいサポーターだ。デザイナーや映画監督の顔もあり、彼女自身がアーティストだと思う。
WWD:アーティストとファッションのコラボレーションが年々増えていることについてどう思う?
ロースター:僕は1998年にアーティストとしてキャリアをスタートした時からずっとファッションブランドとコラボレーションを続けて来た。スノーボーダーやサーファーのスポンサーをしていたシューズブランドの「グラビス(GRAVIS)」が、僕と契約を結んだのは当時は珍しいことだったんだ。その頃から、ファッションとアートの融合は当たり前になると確信していたし、僕自身も正しいことをしていると感じていた。でも、初めはコラボ商品の数も限られていたし、試験的なイメージが強かった。アーティストとコラボすることはリスクでもあるから、まだ踏み出せないブランドは多いと思う。
WWD:ストリートアートの人気が高まっていることについて、どう感じる?
ロースター:バンクシー(Banksy)がストリートアートの価値を変えた。もともとネガティブなイメージだった“グラフィティ”と呼ばれる落書きが、今や“ストリートアート”と称されるようになったんだ。僕自身も80年代からヒップホップが大好きで街のグラフィティを見るのが好きだったけれど、罪を犯してまでアートを楽しもうとは思わなかったから、無断で壁に落書きをすることはなかった。バンクシーのドキュメンタリー映画が出た後は、犯罪ギリギリのグラフィティアーティストたちが大きなギャラリーでも展示ができるようになった。
WWD:アーティストとSNSの付き合い方は?
ロースター:インスタグラムは、アートやファッションだけでなく全ての市場を変化させたと思う。僕は良し悪しを語る立場にはないが、特にファッションビジネスでは人を数字で判断するようなゲームになっていることは残念に思う。中には真剣にデザインを勉強して、経験を積んだデザイナーがいても、フォロワー数が多いインフルエンサーをコラボレーターやデザイナーとして起用するようなことも多いからね。一方、アーティストが作品をインスタグラムにアップすることで世界中に発信できることはよい点だと思う。シャイなアーティストも多い中で、どんなにいいものを作っていても、人に見せないと何も始まらないから。アンチソーシャルをソーシャルにする面は賛成できる。
WWD:ニューヨーク・ブルックリンを拠点にしているが、今のブルックリンはどのような場所?
ロースター: ニューヨークには30年以上住んでいて、マンハッタンのアップタウン、ソーホー、ノリータなど、ほとんどのエリアに住んだ。その後、作品に集中できる広いスペースを求めてブルックリンに移ってからはマンハッタンに戻らなくなったよ。というのも、ここ十数年でマンハッタンはIT企業が成長して、新しい業種の人たちが移り住み、もともと暮らしていた人が住めなくなった背景もあるんだ。以前のブルックリンは、工場やアーティストたちのスタジオが多くあって特にかっこいい街じゃなかったけど、08年頃からどんどん再開発が始まって、今や“ニュー・マンハッタン”になっている。特にウィリアムズバーグはホテルやラグジュアリー・ブランドのショップが増えて、もう住みたい場所ではなくなってしまった。変化は誰にも止められないけれど、観光地としては面白い場所だと思う。
WWD:自身のファッションについて教えてほしい。
ロースター:日本人デザイナーが好きで、特に「ビズビム(VISVIM)」は10年以上のお気に入りブランドだ。デザイナーのヒロキ(中村ヒロキ)は仲のいい友人で、彼のセンスを信じている。アバンギャルドでもなく、プレッピーでもない少しひねりを加えたクラシックが心地いいんだ。
WWD:影響を与えられたアーティストは?
ロースター:子どもの頃からパブロ・ピカソ(Pablo Picasso)に憧れてきた。ピカソは変幻自在で、とにかく自分の好きな作品を作り続けた人。それがアーティストの資質なんだと教わった。世界的に有名なアーティストだからファンが多いが、僕にとっても特別な存在だ。またバスキア(Basquiat)やキース・へリング(Keith Haring)の作品も好きで、2010年に亡くなったラメルジー(Rammellzee)は僕の良き友人でありメンターでもあった。生存している芸術家では村上隆。自身で作品を生み出し続けながらも、他者をサポートしている姿勢を尊敬する。
WWD:今後の目標や夢はある?
ロースター:早く引退すること(笑)。絵は描き続けるけれど、バリ島に移住するのが夢なんだ。美しい場所に身を置いて、妻と一緒にゆっくり過ごし、たまに冒険に出たい。直近の仕事での目標は、立体作品をもっと作っていくこと。これは僕のアーティストのキャリアでの次のフェーズになる。ずっとカリグラフィーのスタイルを続けてきたが、繰り返し続けると飽きてしまうし、ピカソのように時には大胆にスタイルを変えることは大切だと思う。