電子機器や家電の世界最大級の国際見本市である「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CONSUMER ELECTRONICS SHOW以下、CES)2019」が1月8~11日に米ラスベガスで開催された。1967年にスタートしたCESは業界向けの見本市であり、今年はグーグル(GOOGLE)やアマゾン(AMAZON)などのテック大手に加えて、ロレアル(L’OREAL)やプロクター・アンド・ギャンブル(PROCTER & GAMBLE以下、P&G)のような消費財やビューティ関連、そして「ケイト・スペード ニューヨーク(KATE SPADE NEW YORK)」などのファッションブランドを含めておよそ4500社出展し、155カ国以上から約18万人が来場した。なお、アップル(APPLE)はCESに出展しないことで有名だが、今年はプライバシーの重要さを主張する巨大な広告を会場付近に設置して話題となった。
会場には、スマート家電やモバイル、人工知能(AI)、仮想現実(VR)、健康家電や自動運転車など、最新技術が搭載された製品が数多く展示されていたが、その中でもアパレルやビューティ、そしてビジネスの未来を形作っていくだろう注目の5分野を解説する。
人工知能(AI)
AIはここ数年、CESでも大きな注目を集めているテーマだが、身近な家電やサービスのベースとして製品に組み込まれるケースが目立ってきた。例えば、インテル(INTEL)はフェイスブック(FACEBOOK)と協働してより高度な計算力を持ったAIプロセッサーを開発中で、これは洗練されたイメージ処理や写真における顔認識のために使われるという。
グーグルは、家電メーカーなどのサードパーティーが「グーグルアシスタント」を簡単に製品に組み込むためのプラットフォーム、「グーグルアシスタントコネクト(GOOGLE ASSISTANT CONNECT)」を発表。なお、同様の音声アシスタント「アレクサ(ALEXA)」を販売しているアマゾンは、やはりこうしたサポートツールを18年に発表している。グーグルは他にも、会話をリアルタイムで翻訳する「通訳モード(INTERPRETER MODE)」機能を発表したが、これもエンジニアリングと高度な自然言語処理を組み合わせたものだ。
ファッションやビューティ業界において、顧客に合わせたパーソナルサービスは今後ますます重要となる。それを支える顔認識や音声アシスタント機能は、AIやマシンラーニング、自然言語処理などの技術向上と共にさらに発展していくだろう。
顔認識
スマートフォンではもはやおなじみの機能だが、最近は家や自動車に加えて小売りの分野でも活用されるようになってきた。P&Gやヒューマノイドロボット「ペッパー(PEPPER)」で有名なソフトバンクロボティクスは、顧客の顔を認識してデータを分析し、おすすめ商品などを提供するテクノロジーを発表した。スティーブ・カーリン(Steve Carlin)=ソフトバンクロボティクス最高戦略責任者によれば、顧客がオンラインで注文した商品を店舗に受け取りに来た際に、「ペッパー」がその顔を自動的に認識し、顧客が好みそうな商品とその在庫の有無をリアルタイムで伝えることが可能だという。同氏は、「顔認識の技術とデータ分析を組み合わせることで実現した。これにより、オンラインと実店舗での消費行動の違いなども分かってくるだろう」と述べた。
ビューティ系のアプリを開発している米パーフェクト(PERFECT)は、顔認識技術によって被写体の人物がつけているコスメ用品を識別する。また被写体の性別や年齢はもちろんのこと、気分や肌状態を分析できるという。P&Gグループのスキンケアブランド「SK-II」の場合は、類似の技術が搭載されたカメラを実店舗に設置し、買い物客の肌状態などを分析してぴったりの商品をすすめるという使い方を想定している。また商品ボトルにセンサーをつけ、開封してからの期間や使用タイミング、買い替え時期などを専用アプリで発信するなどの機能も提供する。
こうした驚くべきテクノロジーの進化はエキサイティングだが、プライバシー侵害などの点で不安を覚える消費者もいるだろう。顔認識技術の発展と共に、それに対する不安感や恐れも大きくなっていくことが予想される。
スキンテック
ジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson以下、J & J)傘下のスキンケアブランド「ニュートロジーナ(NEUTROGENA)」は、パーソナライズされた3Dシートマスク「ニュートロジーナ マスクiD(NEUTROGENA MASKiD)」を発表した。これはまずスマートフォンのカメラで顔を撮影し、ユーザーにぴったりと合うマスクを3D印刷する。そこに同社開発のスキャナーで分析した肌状態に合わせたスキンケア用品を顔のパーツ別に注入することで、完全にパーソナライズされたシートマスクが作れるというものだ。
ロレアルは、肌のpH度を簡単に測定することができるスマートセンサー「マイスキントラックpH(MY SKIN TRACK pH)」を開発した。肌の状態はそのpH度と密接に関係しているが、測定には被験者の汗を分析する必要があり、従来の技術では簡単に測定できなかった。しかし今回発表されたセンサーは、絆創膏のようなパッチを肌に張り付けるだけでpH度を測定することができ、そのデータをもとに肌の状態に合ったスキンケアを提案する。
今回が初出展のP&Gは、肌を超小型カメラでスキャンしてシミやそばかすなどを検知し、コンシーラーや美容液などをピンポイントで吹き付けるビューティ系のハイテク機器「オプテ(Opté)」のデモンストレーションを実施した。同機器はまだ開発中だが、不要な部分には噴射されないため効率的で、フォトショップのようにシミを消しつつも自然な仕上がりになるという。1秒当たり200枚の画像を撮影し、精密な色解析アルゴリズムで色素沈着などを分析すると、その結果をもとに微粒子状の液体を120のノズルから吹き付けるという仕組みだ。同社は他にも、AIを搭載した電動歯ブラシやアプリでの操作が可能なアロマディフューザー、洗剤やシャンプーなどを新技術でコンパクトに固形化することで水の使用量を劇的に削減する製品などを出品し、大きな注目を集めた。
なお、サムスン電子(SAMSUNG ELECTRONICS)から独立したルルラボ(LULULAB)やハイミラー(HIMIRROR)なども、皮膚の状態を検知する製品を出品した。
音声アシスタント・スマートホーム
この分野はアマゾンとグーグルの2大企業が市場をけん引している。イベントの会期中も、アマゾンは「アレクサ」関連の新技術を毎日リリースし、グーグルはテーマパークにあるライドのような乗り物やアトラクションを設置して来場者を楽しませ、かつメールアドレスを提供した米国在住者には「グーグルホームハブ(GOOGLE HOME HUB)」を無料でプレゼントするという大盤振る舞いぶりだった。
ファッションブランドでは、「ケイト・スペード ニューヨーク」が音声アシスタント機能を盛り込んだ新作スマートウオッチを発表した。他の出展各社からも、キッチン用品から自動車にいたるまで、同機能を搭載したありとあらゆる製品が出品されており、消費者の生活になくてはならないものになりつつあることがうかがえる。
しかし、小売業に目を向けてみると少し事情が異なる。音声アシスタントは、日用消費財の購入を便利にしてくれたが、より細かなニュアンスが必要とされるアパレル用品を買う場合にはまだ心もとない。とはいえ、アマゾンもグーグルも画面付きのスマートスピーカーを18年に発売しており、自分の目で確認した製品しか買わないという消費者も取り込んでいくだろう。AIやコンピュータービジョン(画像情報処理)、マシンラーニングなどの進化により、製品や顔認識、それに伴うパーソナル化の精度はさらに高まり、より洗練されたサービスとなっていくと思われる。
5Gによる実店舗の進化
前述のソフトバンクロボティクスやP&Gなどの新技術が奏功したのか、最近は実店舗への回帰というような動きが起きている。18年頃から、多くのECブランドが実店舗を構えるようになってきたのだ。ロボティクス技術とRFID(ID情報を埋め込んだタグ)の進化により、衣服のようにハンガーに掛かっている商品もスキャンで自動管理できるようになったことが大きいだろう。
しかし、これは次世代無線通信システムである5Gの商用化なしに語ることはできない。現在使用されている4GやLTEネットワークに比べて通信速度や容量に優れ、安定した通信システムが実現されたことにより、店舗におけるリアルタイムでの在庫確認やデータ分析が可能となった。従来は人間が行っていたタスクをロボットや機械に振り分けることで、人件費を抑制すると同時に、従業員は人間でなくてはできない業務に集中することができる。より迅速で安定した通信システムがあってこそ、物流センターや配送サービスを改善できるということは、実店舗にもECにも共通している点だ。
CESでは、サムスンが5G対応スマートフォンのプロトタイプを出品した他、ベライゾン(VERIZON)やAT&Tなどの通信大手も出展していた。
その他
いわゆるウエアラブルガジェットは今回も多数出品されていたが、以前のように仰々しいものではなく、より現実的な製品も増えている。米アパレル、チコズFAS(CHICO’S FAS)のアンダーウエアブランド「ソーマ(SOMA)」は、ブラのサイズを正確に測定するスマートブラ「ソーマ・イノフィット(SOMAINNOFIT)」を発表した。スポーツブラのような形状をしており、着用すると製品に埋め込まれたセンサーがサイズを測定する。専用アプリに送信されたそのデータをもとに、ぴったりのブラが表示される仕組みだ。同社はオンラインストアに加えて、実店舗でも導入を予定しているという。
以上、注目の5分野を解説した。個別のテクノロジーの進化にも目を見張るものがあるが、そうしたテクノロジーをいくつか組み合わせて、新たな機能や用途が生まれていることが印象的だ。今日、テクノロジーと無縁でいられる業界はない。アパレルやビューティ業界においても、テックはもはや面白いアクセサリーではなく、必須なものと言えるだろう。