美術家の横尾忠則氏は、画集「カルティエ そこに集いし者(原題:Fondation Cartier – The Inhabitants)」(国書刊行会)の刊行を記念して2月1日、限定100人のサイン会を代官山 蔦屋書店で開催した。画集には、横尾氏が描いた世界各国の著名なアーティスト119人の肖像画、計133点を収録した。カルティエ現代美術財団が2014年に財団設立30周年記念の展覧会を横尾氏に依頼し、企画内容を相談したところ横尾氏が“肖像画”という形を提案して実現したという。「せいぜい20~30人だと思って軽い気持ちで提案したら、百何十人もいるということで驚いた」と振り返る。それぞれ異なるタッチで描かれた肖像画が完成するまでの話を横尾氏に聞いた。
肖像画を描くにあたり、カルティエ現代美術財団からは写真と職業という最小限の情報だけが横尾氏に渡されたという。財団とゆかりのある人物が中心に選ばれ、「本人のことを知っている場合もあれば面識のない人物もいた。知り合いよりも知らない人の方が描きやすかった」と話す。100点を超える肖像画は、それぞれタッチや表現方法が異なる点が特徴だ。「描き方を変えようと思って変えたわけではなく、一人一人の違う個性を表現した結果、描き方が変わった」と説明する。
描かれた人物の中には映画監督のデヴィッド・リンチ(David Lynch)やデザイナーのジャンポール・ゴルチエ(Jean-Paul Gaultier)、フォトグラファーのユルゲン・テラー(Juergen Teller)らが含まれる。日本人ではデザイナーの三宅一生氏や北野武氏、村上隆氏、荒木経惟氏らの肖像を収録した。
このプロジェクトの1枚目にはデヴィッド・リンチを描いたという。「いざ始めようと思ったら右手が腱鞘炎になってしまった。大変な時期に腱鞘炎になっちゃったなぁと思ったが、左手で描いた。すると1枚描いたら腱鞘炎が治っていた(笑)」。
デヴィッド・リンチは左手で描いた1枚目を含め、3枚の異なる肖像画が収録されている。横尾氏はこの理由を「1枚目が左手で描いたものだったから、右手で2枚目を描こうと思った。そのあたりでちょうど彼のドキュメンタリー映画を観たらこの顔(2枚目の肖像画)じゃなかった。だから3枚目を描いたのだが、3枚目は2枚目の上に描いているから今は2枚目の絵はこの世に存在しない。そういうちょっとした事件的なことも起こっている」と明かした。
デヴィッド・リンチの他にも複数の肖像画が収録されている人物もいる。この理由を「一枚描いたがうまくいかなかったから2枚描いた」と説明する。「でも、描いたものはボツにしないで全て採用すると自分で決めていた」。
横尾氏のお気に入りの一枚を聞くと、フランスのアーティスト、ジャン・ミシェル・アルベロラ(Jean-Michel Alberola)の絵を挙げた。「これは10~15分くらいの短時間で描いた。そういうものの方が意外とうまくいく。本人は嫌がるだろうという絵はだいたい気に入っている(笑)」。
画集の中には個人的にも親しくしているというデザイナー滝沢直己氏の肖像画もある。「彼の絵も描いていておもしろかった」と振り返った。「彼(滝沢氏)のことはよく知っている。知っているからこそ描きにくかった。いい男に描かないとあとから何を言われるか分からないから(笑)。彼は耳が大きいからそこを強調して描いた。でも知らない人が見たら僕のデッサンが狂っているんじゃないかと思われないかと思い、少し小さくした(笑)」と語った。
133枚に及ぶ超大作となった今回のプロジェクトにはかなりの労力と時間を要したことだろう。普通ならば「もうやりたくない」という気持ちも湧きそうなものだが、「もう一度同じことをやってくれと言われたら、これとは全く違うものができるんじゃないかと思っている」と前向きな答えが返ってきた。「今回のプロジェクトでもさまざまなことを試したが、試せなかったこともあった。例えば今回は写実を基本としたが、今後機会があるならもっと抽象化してもおもしろいかもしれない」。