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天然vs合成ダイヤ ジュエリー業界に地殻変動

 “ダイヤモンドは永遠の輝き”というフレーズは誰もが聞いたことがあるだろう。これはダイヤモンド最大手のデビアス(DE BEERS)が1970~2000年頃にスローガンとして販促に用いた文句で、20世紀における最高のマーケティングとして知られる。ダイヤモンドはその希少性や美しさから宝石の王と呼ばれ、日本でも人気が高い。

 そんなダイヤモンドが合成できる時代が来た。合成の試みは19世紀に始まり、20世紀には米ゼネラル・エレクトリック(GENERAL ELECTRIC COMPANY)をはじめ世界各国の電気機器メーカーなどが手掛けてきたが、宝石として市場に出回り始めたのはつい最近のことだ。2018年にデビアスが「ライトボックス・ジュエリー(LIGHTBOX JEWELRY、以下ライトボックス)」という合成ダイヤモンドを使用したジュエリーブランドをスタートさせ、急遽注目が高まった。日本でも昨年末からテレビのワイドショーなどで取り上げられるようになり、巷でも話題になっている。東武百貨店池袋店ではいち早く昨年11月に合成ダイヤモンドのセミオーダー受注をスタートした。

 今年1月に東京ビッグサイトで開催された「第30回国際宝飾展」で合成ダイヤモンドについてのセミナーも開催され、多くの参加者でにぎわった。ここでは、ジュエリー業界紙「ジャパン プレシャス」編集長を務める深澤裕・矢野経済研究所理事研究員による同セミナーからレポートする。

デビアスにより一気にメジャーに

 なぜ、合成ダイヤモンドが急に注目を浴びるようになったのだろうか。

 セミナーの講師を務めた深澤理事は、「今まではネガティブなイメージで誰も扱おうとしなかったし、合成の技術も十分でなかった。デビアスが立ち上げた『ライトボックス』の影響が大きい。それでメジャーになった」と分析する。

 「ライトボックス」の合成ダイヤモンドはグレーディング(鑑定)を行なわず、ジュエリー製品としてオンラインで販売。昨年にはニューヨークのショッピングセンターであるオクルス(OCULUS)でポップアップショップを開催した。「ライトボックス」の合成ダイヤモンドの価格は0.25カラットが200ドル(約2万1000円)、0.5カラットが400ドル(約4万3000円)、1カラットが800ドル(約8万7000円)というから、天然のダイヤモンドに比べるとかなり安い。天然ダイヤモンドの卸価格は、ラパポルト・ダイヤモンド・レポート(RAPAPORT DIAMOND REPORT以下、ラパポルト)という価格相場表あり、実際の市場価格はカラット数やグレードにもよるがラパポルトの5~7割といったところだ。

 深澤理事は、「現在の合成ダイヤモンドの相場は天然ダイヤモンドの2分の1程度。それを安いと思うか高いと思うかは、消費者次第。1カラットのダイヤモンドの合成にかかるコストは08年に4000ドル程度(約43万6000円)だったが、18年に400ドル程度(約4万3000円)になった。初期の設備投資が必要だが、工業製品なので当然コストはどんどん下がるはずだ」と言う。

ミレニアル世代にアピールするエシカルな合成ダイヤモンド

 天然ダイヤモンドは、希少で高価で美しいといったポジティブなイメージばかりではない。ダイヤモンドの採掘には環境破壊や過酷な労働、搾取などが存在する現実は否めない。

 ここ最近、業界を問わずサステイナビリティー(持続可能性)やエシカル(倫理的)といった言葉がキーワードになりつつある。「技術力向上とデビアスの市場参入、そして、‟エシカル“な時代背景が重なり、合成ダイヤモンドに注目が集まっている。合成ダイヤモンドが販促において訴求しているのは“エシカル”や“サステイナビリティー”だ」と深澤理事。俳優のレオナルド・ディカプリオ(Leonardo DiCaprio)がシリコンバレーの合成ダイヤモンドメーカーであるダイヤモンド・ファウンドリー(DIAMOND FOUNDRY)社に投資したり、ペネロペ・クルス(Penelope Cruz)がスワロフスキー社の合成ダイヤモンドを使用した「アトリエ・スワロフスキー(ATELIER SWAROVSKI)」のジュエリー・デザインを手掛けるなど、セレブリティーらによる後押しもある。エシカルな点を重要視する傾向の強いミレニアル世代に、合成ダイヤモンドは響く。

 「若い世代は天然か合成かはあまり気にしない。エシカルのトレンドに乗って販促する企業もあるだろう」。手に取りやすい価格、天然と変わらない美しさ、エシカルというポイントはミレニアル世代には受ける可能性が高い。

合成ダイヤモンドはどのように作られるか

 合成ダイヤモンドの製法はいくつかあるが、CVD(CHEMICAL VAPOR DEPOSITION)と呼ばれる化学気相蒸着法とHPHT(HIGH PRESSURE AND HIGH TEMPERATURE)と呼ばれる高温高圧法の2種類が主要だ。深澤理事は「ジュエリー用の合成ダイヤモンドのメーカーは10~20社。工業用ダイヤモンドを製造するCVDとHPTHの装置を使用するわけだが、メーカーによってノウハウが違う。小さくグレードの高いものを作るメーカーもあれば、大きいものを作るメーカーもありそれぞれ特徴が異なる。ノウハウの開発は始まったばかりで、これからだ」と言う。

 実際、DカラーやVVSといった高品質の合成ダイヤモンドを量産しているところもあるようだ。ピンクやブルーなど、ファンシーカラーの合成ダイヤモンドも販売されている。「ライトボックス」の合成ダイヤモンドはデビアス傘下のエレメントシックス(ELEMENT SIX)社が生産しており、ある程度狙ったグレードで生産できるようだ。

 合成ダイヤモンドの生産にはどれくらい時間がかかるのだろうか。「化学気相蒸着法(CVD)では一般的には3~4カ月。エレメントシックスではオレゴン州の工場が完成すれば年間で約50万カラットの生産が可能だ」。

天然vs合成ダイヤモンド

 「アメリカ市場では現在1000店舗以上で合成ダイヤモンドを販売していると推計され、ブライダルの重要もある」と深澤理事。日本では、京都のジュエリーメーカー今与が「シンカ(SHINCA)」というブランド名で合成ダイヤモンドの販売をスタート。また、合成ダイヤモンドを専門で取り扱う企業ピュア ダイヤモンドは、前述の東武百貨店池袋店および六本木ヒルズ内の直営店アフリカ・ダイヤモンドで販売している。

 ジュエリー業界紙の「ジャパン プレシャス」が、20~60代の1万人の女性を対象に合成ダイヤモンドについてアンケートを取り、全体の44%が「購入してもいい」という結果だったという。業界のアンケートでは、少し取り扱うという業者が3割弱程度、取り扱わないという業者が7割弱だったようだ。「合成ダイヤモンドはまだ市場の草創期。合成ダイヤモンドが宝石であるか否かという判断基準もあいまいだし、価格帯もばらつきがある。日本ジュエリー協会や東京ダイヤモンド取引所、宝石鑑別団体協議会など業界団体は合成ダイヤモンドは宝石ではないとしており、鑑定を行なわない」。

 合成ダイヤモンドの鑑定を行わないことで天然ダイヤモンドとの差別化を図り、業界を守る動きの一つだろう。デビアスの「ライトボックス」もグレーディングをせず製品として販売することで、天然ダイヤモンドとの差別化を図っている。

 一方で、米国宝石学会(GIA)など、国外の鑑定機関の鑑定書付きの合成ダイヤモンドを販売する業者もある。前述の今与やピュア ダイヤモンドは、米合成ダイヤモンドメーカーのダイヤモンド・ファウンドリーや国際宝石学会(IGI)などの鑑定書を付けて販売している。

 深澤理事は、「合成ダイヤモンドは、新たな市場を作り出す可能性を持っている。価格をどうつけるか、ジュエリーなのかアクセサリーなのか、市場のすみ分けが重要」と話す。合成ダイヤモンドは工業製品なので、価格競争が起こり値崩れを起こす可能性もある。「希少性という観点から、富裕層は天然を選ぶはずだ。価値が下がる可能性のあるものは購入しないだろう」。ジュエリー業界にとって脅威ともチャンスとも取れる合成ダイヤモンドの、今後の動向に注目が集まる。

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