「政治的メッセージは意図していない。フランスの日常の何気ない一幕を表現した」とサイモン・ポート・ジャックムス(Simon Porte Jacquemus)はコレクションについて説明した。
1月20日、冷たい空気に包まれる日曜日の朝。「ジャックムス(JACQUEMUS)」は2019-20年秋冬のメンズコレクションをプレゼンテーション形式で発表した。軽油・ガソリン税引上げに反対する黄色いベスト運動のデモ隊が毎週末活発に抗議運動を続ける中で、「ジャックムス」が示したのはフランスの伝統的ワークウエアだった。労働者のシンボルである黄色いベストを着用し、税制改革の負担が労働者や中産階級に及んでいることを抗議するこの運動とリンクするようなコレクションだっただけに、ショー後にジャーナリストらがジャックムスの元に駆け寄っては政治的意図を問う質問が続いた。朝食が並べられ、モデルが食事を楽しむテーブルの前で「一緒に朝食を!ボナペティ」と笑顔で答えるジャックムス。
もしも彼が政治的メッセージを発信したかったのなら、現場の雰囲気はもう少しシリアスだったはず。しかし、そうではなかった。バックステージと会場の境目はほとんどなく、会場セットとして準備された豪華な朝食をつまみながらスタッフらと談笑するショー前のジャックムスの様子は、まるで旅先のリゾートでの朝のように快活で、政治とは無関係なのが明瞭だった。南フランス出身で、故郷をテーマしたコレクションを数多く手がける彼は、今季も南国の風をパリに持ち込んできたかのようだ。
仏紙「ル モンド(LE MONDE)」のジャーナリスト、カリーヌ・ビゼー(Carine Bizet)は「ウィメンズではロマン主義的な世界を創る彼が、メンズでは痛切なまでに現実的で、メンズ・ウィメンズでこれほどまでに分け隔てるデザイナーは昨今では珍しい」と感心していた。ジャックムスと親密に話しながら朝食を楽しんでいたクララ・コルネ(Clara Cornet)=ギャラリー・ラファイエット(GALERIES LAFAYETTE)百貨店クリエイティブ・ディレクターは「毎シーズン、見る者を巻き込み一体感を持って世界観を創ってしまう彼の演出にはいつも感動する」とコメントし、楽しそうに現場で時間を過ごしていた。
ジャックムスは“親しげ”という言葉がとても似合うデザイナーだ。筆者が彼に取材をしたのは1年ぶりで、記憶にないだろうと自己紹介から始めると「以前にも取材してくれたじゃないか」と優しく肩をさすった。ウィメンズも含め、一風変わった遊び心のあるショーを演出する理由を尋ねると「洋服だけではない、何か特別なエネルギーを伝え、現場にいる全員が楽しんで会場を後にしてほしいから」と答えた。
ウィメンズと比べメンズはパーソナルで、自身や身近な人を投影してデザインを手がけるという。今季は、農業を営む家庭で育った彼が、農家や酪農家、パン屋のワークウエアから着想を得て、まるで彼のルーツを語っているような内容だ。虚構のない極めて現実的で素朴なコレクションは、厚手の生地とリラックスしたシルエット、親しみのある雰囲気が特徴的。都会の喧騒と粗暴なデモ運動を忘れさせる、穏やかなムード漂うバックステージとコレクション内容だった。
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける