高橋盾デザイナーが創り出した世界観に、パリが飲み込まれた。
「アンダーカバー(UNDERCOVER)」は1月16日、前シーズンに続いてパリメンズで2019-20年秋冬のメンズ・コレクションを発表した。映画「時計じかけのオレンジ」をテーマに、美しさ、醜さ、不気味さ、はかなさが渾然一体となるショーを見せた。会場には世界的に有名なジャーナリストらが訪れ、注目度の高さが伺えた。さらに、2時間前に開催された「ヴァレンティノ(VALENTINO)」のショーでは「アンダーカバー」とのコラボレーションアイテムが一足先に披露されたこともあり、話題性も十分だった。
「ヴァレンティノ」と「アンダーカバー」が2度目のコラボ 双方のランウエイで発表
ショー開始前から盛り上がる周囲とは異なり、バックステージの高橋デザイナーは落ち着いていた。ヘアスタイリストやメイクアップアーティストらは直前まで最終タッチに余念がないし、撮影するフォトグラファーも他と比べて一段と多い。決して広くはないバックステージに人が密集し、熱気で室温がどんどん上昇していく。そんな混沌とした空間の中、高橋デザイナーはキャットウオークの入り口近くに静かにたたずんでいた。時折ルックのスタイリングに手を加えたり、開始時間をスタッフに確認しながらただ静かにその瞬間を待っているようだった。考え事をしているのか、たまに遠くを見つめるだけで、緊張や高揚を表情には出していなかった。
ショーは今季のパリメンズの中でも際立って叙情的で、高橋デザイナーの芸術的才能を明らかにするものだった。英メディア「ビジネス・オブ・ファッション(BUSINESS OF FASHION)」のティム・ブランクス(Tim Blanks)は、「多面的で惹きつけられた。人間の美しさだけでなく、不合理性や不完全さといった”ゆがみ”が表現されていたのが『アンダーカバー』らしいのではないか。そしてそれらが豪華な会場の装飾ではなく、洋服や小物で示された点が素晴らしい」と褒め称えるコメントを寄せた。ファッション&ラグジュアリービジネス・コンサルタントのアキーム・ムステロ(Akim Mousterou)は「『ヴァレンティノ』とのコラボレーション作品は、2つの仮想宇宙でユニークな何かを創造するために、異なるビジョンを持った2人が素晴らしい対話をしたのだと感じさせるものだった。東京で2019年プレ・フォール・コレクションのショーを開催したピエールパオロ・ ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)と高橋デザイナーは友情をもとに、互いのファッションに対する誠実さを感じたように思う」とコラボレーションについて触れた。
ショーが終わって会場に割れんばかりの拍手が響き渡ると、高橋デザイナーは安堵したように笑みをこぼした。しかしここでもやはり落ち着いていた。筆者が垣間見たのは、アーティストとして、自身のショーを無事やり終えた自己満足の笑みではなく、多くのスタッフと彼らの生活を支える責任者が山場を乗り越え、緊張が一瞬解けてふと見せる笑みだった。独創的なショーが彼のアーティストとしての一面だとすれば、バックステージで冷静沈着に思慮する姿は、株式会社アンダーカバーの代表者としての一面のように感じられたのだ。それは、ブランクスがショーを“多面的”と表現したのと同様、高橋デザイナーの“多面的”な魅力に触れる機会となった。
自身の美の概念を示しながら、商業的にもバランスを保ち四半世紀を走り続ける「アンダーカバー」。創造性に富んだ日本の異端児は、パリでも着実に存在感を増している。
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける