ファッション・ウイークといえば、各ブランドが発表するコレクションのランウエイショーが目玉だが、そこを訪れる来場者のファッション、いわゆるオフランウエイも見逃せないところだ。そんな来場者たちのリアルなファッションを捉えるのに欠かせない存在が、ストリート・フォトグラファーたちだ。19歳で写真を独学、22歳でその世界に飛び込んだイリグチケンタに、ストリート・フォトグラファーという仕事から自身初の写真集など現在の活動、今後の展望について聞いた。
WWD:まず、ストリート・フォトグラファーとはどんな仕事?
イリグチケンタ(以下、イリグチ):言葉にするのは難しいけど、ファッション・フォトグラファーとは全く別のジャンルの仕事。ストリート・フォトグラファーの数が年々増えたり減ったりしている。写真家って資格がいらない職業で、カメラで撮っていたら写真家といえる。始めるハードルが低いのもストリート・フォトグラファーが増える一因だと思う。でも1、2年前から停滞気味だと感じている。
WWD:停滞気味というのは、ストリート・フォトグラファーの数が減っているという意味で?
イリグチ:というより、撮られる側の変化が少ないという意味で。ファッションも人も変化が少ない。みんなが「バレンシアガ(BALENCIAGA)」を着ていたりとか。ニューフェイスも出てこないから、同じ人物をいろんな角度で撮ることがここ数年増えている印象。フォトグラファーたちの間でも物足りなさがあり、盛り上がりが薄くなっている。
WWD:停滞する以前はどうだった?
イリグチ:例えば4年前は1日あたり1000枚ほど撮れたけど、今は400枚くらいに減ってしまった。もちろん経験を重ねていくと、撮りたい人の好みが決まってくるから撮る枚数は減るけど、その決まって撮りたい人以外に撮りたいと思う人が減ってしまっている。それがインフルエンサーという職業が生まれたタイミングだと思っていて、例えばルカ・サバト(Luka Sabbat)やイアン・コナー(Ian Connor)も最初はスナップを撮られている若い子たちだったけど、今や何十億を稼ぐ人たち。そんな風にインスタグラムが盛り上がってインフルエンサーが生まれたタイミング、つまり2014〜16年の間にスナップの流れが変わった気がした。この期間にストリート・フォトグラファーの数も急激に増えて、急激に減った。ショーの後のモデルを必ず撮るというのは今も変わらないけど。毎回行くと知らないフォトグラファーがめちゃくちゃいて、1年後いなくなっていたりとかサイクルが速い。その中でどうやってクライアントを探すかが、ストリート・フォトグラファーたちの次のステップになっている。
WWD:ストリート・フォトグラファーたちはどうやってクライアントを探している?
イリグチ:営業だと思うけど、コネクションは一番大きなポイント。「エル(ELLE)」や「ハーパーズバザー(Harper's BAZAAR)」などの専属の人もいるし、コネや営業をかけたりする人もいたりして、いろいろ。フリーランスの人もいるけど会社に所属している人もいる。でもほとんどの人が自腹で頑張っていると思う。飛行機から宿から何もかも。丸々クライアントがお金出している人って、指で数えられるくらいしかいない。いや、ほぼいないかも。それだけ需要がなくなってきているのだとも思っています。
WWD:需要がなくなってきているというのは、一般的に人々のストリートスナップへの興味が減っているということ?
イリグチ:服が好きな人は少なからずストリートスナップは好きだと思う。ただメディアや媒体がどれだけそこに予算を割くのかは、その媒体次第。
WWD:先ほど撮りたい人が決まっていると言っていたが、イリグチさんが撮りたいと思う人は?
イリグチ:ウィメンズだったら「Y/プロジェクト(Y/PROJECT)」のスタイリストをしているウルシナ・ギーシ(Ursina Gysi)。メンズはジャーナリストのアンジェロ・フラッカヴェント(Angelo Flaccavento)。この人は必ず左胸のポケットにペンが入っていて、毎回そのペンも違うんですよ(笑)。僕自身はインフルエンサーはあまり撮らない派です。言ってしまえばインフルエンサーが着ているものはブランドから借りたものが多くて、プロモーションだから。現地の人、モデル、スタイリストの方が撮っていて楽しい。例えばマスイユウさんはプロモーションではなく、シンプルにただただおしゃれな人だから面白い。仕事だからインフルエンサーも少しは撮りますけど。
WWD:クライアントからインフルエンサーを撮ってと頼まれる?
イリグチ:頼まれますね。誰を撮ってほしいと指名があるときもあるし、このブランドを着ている人を撮ってほしいと頼まれることもある。インフルエンサーを撮って納品はするかもしれないけど、自分のポートフォリオには載せないかもしれないです。ストリートスナップは本来、自分自身の服を着ている人たちを撮るものじゃないですか。
WWD:そういう面白いと思う人たちを撮れる会場はどのブランド?また、どこの都市?
イリグチ:会場は、ナンバーワンで面白いのは「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」。来場者も川久保玲さんを崇拝しているデザイナーが多くて、キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)やチャールズ・ジェフリー(Charles Jeffrey)の姿も見かける。例えば「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」が似合う人は幅があるけど、「コム デ ギャルソン」は本当に似合う人じゃないと着れないから。「リック オウエンス(RICK OWENS)」や「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」もそのブランドを着た熱狂的な人たちが大半だから面白い。個人的には「ジャックムス(JACQUEMUS)」は業界人じゃないオシャレなパリジャンが集まっていて好きですね。「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」もラッパーが多くて面白いけど、「1017 アリックス 9SM(1017 ALYX 9SM)」はラッパーもいればキレイめの人もいたり、幅広いジャンルのおしゃれな人が来ていて面白い。都市は、被写体で選ぶならパリ。でも写真を撮るときの光の入り方は圧倒的にロンドンが好きです。
WWD:ちなみに東京のファッション・ウイークはどうか?
イリグチ:東京は難しいですね。学生が多くて業界人はあまりいない。外人ウケするような人が多い。
WWD:そもそもストリート・フォトグラファーになった理由は?
イリグチ:まずカメラを始めるきっかけになったのは、友人から、趣味でやるより本気でやった方が絶対に楽しいと言われたこと。それで本気でやったら仕事にしたくなった。そこからストリートスナップに入ったのは、やっぱり入りやすいジャンルだから。それにちょうど当時アダム・カッツ・シンディング(Adam Katz Sinding)のインタビューが「アイスクリーム(EYESCREAM)」に載っていて、それに触発されたのも多少ある。単純に自分の目でファッション・ウイークを見てみたかったのもある。そのタイミングで働いていたユナイテッドアローズを退職して、アルバイトをして資金を貯めてファッション・ウイークに行くというのを4、5年繰り返した。
WWD:どうやってフォトグラファーとしてのスキルを磨いたのか?
イリグチ:とにかく撮り続けたこと。それから先輩方に聞いたことも大きい。
WWD:ストリート・フォトグラファーの先輩とは?
イリグチ:藤田佳祐さん(現「ザ フォーアイド(THE FOUR-EYED)」オーナー)、アダム、クバ・ダブロウスキー(Kuba Dabrowski)の3人でしょうか。
WWD:昨年10月には初の写真集「フォーカスペーパー(FOCUS PAPER)」を出したが、この制作の経緯は?
イリグチ:ウェブマガジン「ヌーヴェルトマガジン(NOUVERTEmagazine)」がポップアップをする際に、何か出してくれないかという話になったのがきっかけ。でもただの写真集じゃなくて、限定ものでちょっと変化球的なもの、そして買ってよかったなと思ってもらえるようなものにしたかった。だから印刷された本物の写真をボックスに詰め込んだ形にした。SNSで写真が簡単に消費される時代に、写真の良さを味わえるように。写真の内容も若手のデザイナーにフォーカスして、みんなで作った作品を集めた感覚。インデックスには協力してくれた人たちの名前を入れている。ポップアップには身内しか来ないかと思っていたら、ファッションだけじゃなくて他の写真も撮っていたからか、大学生から年配の方まで幅広い層の人が来てくれた。
WWD:18年に福岡から東京に拠点を移したが、最近はどんな仕事をしている?
イリグチ:福岡を拠点にしていたときは国外のクライアントが多かった。東京に拠点を移したのは、国内のクライアントを増やしたかったから。国内のブランドのルックブックを撮影したり、考えて来たことは徐々に実現できていると思う。
WWD:今後はどのような仕事をしていきたいか?
イリグチ:今後はもっと若くて熱量を感じる人たちと、価値のある経験を積みたい。何も持たない若手との仕事は、何もないからこそ試行錯誤して新しいものが生まれると思う。そういう場に自分もいたいし、自分にはなかった知識も増える。そういう人たちと一緒に成長していきたいと思う。
WWD:ストリートで写真を撮ることは続けていくのか?また、海外のファッション・ウイークに撮りに行く予定は?
イリグチ:ストリート・フォトグラファーは続けたいし続けないといけないと思っている。今も、一緒に仕事をしたいと言ってくれる人たちはストリートスナップを見てからコンタクトを取ってくれることが多い。ありがたいことに今東京での仕事がたくさん来ていて、ファッション・ウイークとスケジュールが合わず行けていないけど、自分のルーツだし、できれば行きたい。
WWD:2月22日から福岡で開催する「ヌーヴェルトマガジン」のポップアップ第2弾に参加するそうだが、これにはどういう形で関わるのか?また、なぜ福岡なのか?
イリグチ:東京で開催した次は地方と決めていた。若手のデザイナーやクリエイターにフォーカスしている「ヌーヴェルトマガジン」のコンセプトは“新しい扉を開く”ことだから。それから、地域を活性化したいという意味もある。今回参加してもらうのも、「ゲンコツクリエイト(GENKOTSU CREATE)」と「ノスモッグ(NOSMOG)」という福岡を拠点にするブランド。若手のクリエイターやブランドに発表の場を提供して、発掘してもらえる場所になればいいと思っている。自分は写真展示をメインに、お気に入りの作品はスナップ写真10点ほどを展示販売するつもり。ポップアップは福岡の次は地方を回ったり、海外で開催することも考えている。
WWD:アフターパーティーも福岡拠点の移動式パーティー「スワーヴ(Swerve)」と共同開催だった。
イリグチ:これも、福岡のクラブカルチャーに触れたかったから。ブッキングしたDJが、今回の開催場所である喫茶&バーラウンジを併設した「メリケン バーバーショップ フクオカ(MERICAN BARBERSHOP FUK)」を紹介してくれた。