土橋章宏の小説「幕末まらそん侍」を原作とする映画「サムライマラソン』(ギャガ配給)が22日、全国公開された。衣装は、1985年公開の映画「乱」(黒澤明監督)で日本人女性初のアカデミー賞最優秀衣装デザイン賞に輝いたワダエミが手掛けた。
舞台は、江戸幕末の安中藩(現・群馬県安中市)。外国の脅威に備えて藩士を鍛えるために決行したとされる、十五里(約58km)を走る「安政遠足(あんせいとおあし)」の2日間を描いた。「1着になればどんな願いでもかなえる」という藩主の言葉に駆り立てられ、藩士たちが我先にと山中を走る中、遠足を謀反とみた幕府からの刺客が迫る。主演・佐藤健が幕府のスパイとして安中藩に潜入する唐沢甚内を、長谷川博己が安中藩主・板倉勝明を、小松菜奈がその娘の雪姫をそれぞれ演じ、そのほか、森山未來、染谷将太らが出演する。
「衣装作りは台本やキャスティングの変更があって、いつもギリギリになる。今回もそうだった」と振り返るワダ。それでも、「仕事を全力でやりきる」ことにこだわり続けているという彼女に、今回の映画の衣装プランのポイントや、衣装デザイナーの仕事を続ける秘訣を聞いた。
“群像”としての役柄を引き立てる衣装
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ワダの衣装プランの出発点は、「ストーリーだけでなく、作品の背景を理解すること」。新選組を「男色」という視点で捉え直した「御法度」(1999年公開、大島渚監督)や、西洋化に伴う難しさを描いたミュージカル「太平洋序曲」(宮本亜門演出)なども手掛けてきたワダは、江戸幕末前後の作品資料を多数所持している。今回の衣装制作もそうした資料の見直しから始めた。「『乱』のときは桃山・天正時代の能装束・狂言の要素を入れるため、とにかく着物を作り込むことで世界観を提案したの。だけど、『サムライマラソン』の安中藩はどの藩士も貧乏で質素。『“群像”としてのさまざまな役柄を引き立てる衣装』ということに気を配った」と話す。
唐沢ら藩士の衣装を考える際、「分かりやすくゼッケンを付けようかと最初に思い浮かんだけど、漢数字で書くと海外上映で外国人が理解できないなんて笑い話もあったわ」と明かす。「袴の側面をつまみ上げることで動きやすくする「股立ち(ももだち)」という定番の形にしたの。今の人たちが着たら重いばっかりなんだけど、なりふりかまわず全力で走ってくれると、そりゃあカッコいいのよ」。
淡いブルーで提案する、雪姫の感性
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小松菜奈演じるヒロイン・雪姫の艶やかな着物姿も目を引く。遠足前夜の山肌に映える淡いブルーと和柄の着物は、雪姫の西洋文化への憧れや芯の強さを表現したものだという。「ティファニー・ブルーと和柄を組み合わせた衣装は、幕末の頃のシンプルな着物をモチーフに、全て一から作った。女性が強く生きる時代が間もなく訪れるという中で、雪姫も“お姫さま”に納まらず、絵で生きていくことを決意する。女が世の中に出てゆく時代が来ると彼女の感性が先取りしていたことを、衣装に込めた」。
毎回が「やったことがない仕事」
インタビュー時のワダは黒のトップスとパンツだったが、「衣装のデザインをするときも、黒い服を着ることが多い。自分が黒子にならないといけないから」という。タイトなスケジュールの中で、雪姫の衣装は白生地から2カ月かけて作った。冒頭とラストで登場する米海軍ペリー提督(ダニー・ヒューストン)の衣装は、当時描かれたペリーの肖像画から日本の職人が手作りで再現した。ポリシーは「自分のやったことのない仕事を選ぶ」こと。「同じ仕事は繰り返したくないから、毎回『やりきる』ために全力で取り組む。受ける仕事はいつも『はじめまして』だから、いつも大変」と語る。
これまで息を切らすことなく仕事を続けられてきた原動力は何なのかと聞くと、「鉛筆が一品あれば出来てしまうし、やりたいからやっている。この映画やるなら、この衣装を作れるな、じゃあ生地をどうやって手に入れるか……と考えを巡らすことは今も飽きないし、純粋に楽しい」と答えた。「オペラであれ、映画であれ、私と仕事を一緒にやりたい、という人がいてくれることが一番のモチベーション。ありがたいことに、そういう人がたくさん待ってくれている。できる限り応えたいから、仕事と仕事の合間がなくなってしまうのが悩み」。