ミラノコレション開幕前日の2月19日、デザイナーのカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)の訃報が届きました。同日からミラノ入りしていた自分が一報を受け取ったのは、大聖堂ドゥオモの横に立つ百貨店、リナシェンテ(RINASCENTE)のウィンドーを眺めていた時のこと。同店はファッションウィーク期間中はその時々の一押しのイタリアブランドでウィンドーを飾るのですが、今回はそれが「フェンディ」だったので一層驚きました。
店内のエスカレーターも「FF」ロゴ一色。上階へ向かいながら、しばし放心です。享年85歳。カールは、「フェンディ」とは実に半世紀、50年以上も仕事をしてきたと言います。十二分に活躍したのだから仕方ないとは言え、その存在感の大きさの反動から喪失感も大きく、リナシェンテを出た後も自分が過去15年間見てきた「フェンディ」のコレクションを思い返しながらミラノの街を歩き回りました。
カールはスケッチブックを片時も離さず、時間さえあればデッサンを描いていたと言います。コレクションの起点もデッサン。訃報の2日後、21日に発表された「フェンディ」の2019-20年秋冬コレクションは、そのカールが描いたデッサンから作る最後のコレクションとなりました。
会場に集まった人たちは、大げさに嘆き悲しむようなことはなく、ショーは厳かな空気の中で始まりました。ランウエイの入口に掲げた「love karl」の文字。カール自身が以前書いたものだそうです。ピンクベージュの温かみある色彩のランウエイとそこに描かれた筆記体調の新しい「FF」のロゴは目に優しく、観客の気持ちを落ち着かせる効果がありました。この新しいロゴは1か月前に発表された2019-20年秋冬のメンズコレクションから使用し始めました。
回顧ショーでもなく、悲しみにくれるカラーパレットでもない。でもそのことが一層、シルヴィア・フェンディ(Silvia Venturini Fendi)=クリエイティブ・ディレクターを始めとする「フェンディ」のスタッフの思いを伝えてきます。肩を強調するパコダショルダーのジャケットに高い襟のシャツはカール自身のスタイルをほうふうとさせます。それは「フェンディ」が度々見せてきたスタイルであり、今季はそこにメッシュなどスポーティーな素材を絡めたり、トロンプルイユで遊んだりと軽快さを添えています。新しい提案が多い見ごたえのあるショーでした。
数多くの名言を残したカールですが、「ショーが終わったら、次へ。常に6か月先のコレクションのことを考えている」という言葉が代表するように一貫していたのは決して後ろを振り向かない姿勢です。ローマ発の「フェンディ」は歴史あるメゾンですがその歴史に依存することなく、常にインプットを続け前へ、前へ。毛皮の新しい使い方に始まり、毛皮以外にも新しい素材の使い方や新しい服のカタチの提案などを行ってきました。
カールが率いる「フェンディ」は優秀な人材を多く輩出してきたイタリアファッション界のゆりかごのような存在です。カールが「フェンディ」にやってきた1965年にはまだ子供だったというシルヴィアをはじめ、「ディオール(DIOR)」のマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)=アーティスティック・ディレクターや、「ヴァレンティノ(VALENTINO)」のピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)=クリエイティブ・ディレクター、若手では 「マルコ デ ヴィンチェンツォ(MARCO DE VINCENZO)」のマルコなどがそうです。それも好奇心旺盛で若い人の声に積極的に耳を傾けるカールの仕事に対する姿勢があったからではないでしょうか。フィナーレの後にひとりで姿を見せたシルヴィアはじっと前を見て軽く手を合わせ、その凛とした姿が印象的でした。
ショーの後、会場が暗転をすると大きなスクリーンに映像が流れ始めました。画面にはカール自身が登場し、1965年に初めて「フェンディ」に出社した日の自分の姿をデッサンを描きながら解説しています。「フェンディ」とカールのコラボレート50年を祝し、2015年に撮影されたものです。当時から長髪のカールは帽子をかぶってサングラスをし、ハンチングジャケットを着て、ミラノで見つけたバッグを手にしていたそうです。
ここからはあくまで私の推測で公式発表はありませんが、カールは自身が亡くなることを理解し、先のメンズから使用している新しいロゴを、自分が亡き後にアトリエスタッフが新しい時代を歩き始められるように用意していたのではないでしょうか。そう推測するのは、振り返ることを望まないカールであれば自分のラストショーをそうするだろうと思うからです。冒頭のリナシェンテの装飾はそんなカールに応える「フェンディ」やリナシェンテからの追悼の意だったのかもしれません。19日のウィンドウに商品はなく、1981年にカールが考案した最初の「FF」のロゴだけが飾られていましたから。
85歳でその生涯を閉じた、偉大なデザイナーのカール・ラガーフェルド。ファッションデザイナーの代名詞のようなカールを見送り、受け取るメッセージは「前へ」。それに応えられる一人でありたいと思います。