2019-20年秋冬シーズンのパリ・ファッション・ウイークが開幕した。初日の2月25日は、「LVMHプライズ」での受賞やノミネート経験のある若手デザイナーたちが健闘。昨年度の「LVMHプライズ」特別賞を受賞した韓国系アメリカ人のロック・ファン(Rok Hwang)による「ロック(ROKH)」、同年度にセミファイナリストに選ばれたベルリン拠点のスイス人のクリスタ・ボッシュ(Christa Bosch)とコジマ・ガーディエント(Cosima Gadient)のデュオによる「オットリンガー(OTTOLINGER)」、15年度に特別賞を受賞した、フランス人のサイモン・ポート・ジャックムス(Simon Porte Jacquemus)による「ジャックムス(JACQUEMUS)」の国際色豊かな3組が新作を披露した。
先陣を切ったのは、今季パリコレデビューを果たした「ロック」だ。フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)の「セリーヌ(CELINE)」を経て、フリーランスで「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」や「クロエ(CHLOE)」を手掛けた経験を持ち、業界から熱い視線を浴びるデザイナーだ。デビューショーではブランドのオリジナリティーを出しながら、今の空気感をとらえた期待を裏切らないクリエイションを見せた。
コレクションは“Teenage Nightmare(10代の悪夢)”と題して、デザイナーのロックが育った米テキサス州オースティンに思いを馳せた。記者はタイトルを聞いて1980年代のアメリカ映画をイメージしたが、その通りスティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)やガス・ヴァン・サント(Gus Van Sant)が描いた80〜90年代の映画が着想源になっているようだ。
今季はブランドが得意とする変幻自在なスーツやコートに80〜90年代のカジュアルなテイストをのせてアレンジした。ボタンで袖を外すことができるコートや、スリットの深さを調節できるスカートは、隙間からパープルやイエロー、花柄など全身タイツの“セカンドスキン”を合わせることで重ね着を楽しむ提案だ。“10代”を匂わせるのは、“R”のロゴをのせたパーカーやスケートボードを持ったモデルたち。“悪夢”はダークな色使いと、レトロでタッキー(悪趣味風)な花柄やペイズリー、渦巻きのようなモチーフ使いから感じ取ることができる。リアルクローズからかけ離れない絶妙な色使いと、一大トレンドである変形テーラード、思わず二度見してしまうひねりの効いたスタイリングが好印象だ。
初日のトリを飾ったのが、進化を続ける「ジャックムス」だ。映画「ロシュフォールの恋人たち」やベネチアのムラーノ島を着想源にパリ郊外にある大きな倉庫に色鮮やかな街の舞台セットを設営した。色鮮やかな花屋や果物屋、パン屋、ブランドのブティックまでそろえた手の込んだ演出で、来場者たちは会場に入るなり、フォトスポットを見つけては撮影を楽しんでいた。
コレクションは、リラックス感のあるオフホワイトやサンドベージュのセットアップから、まぶしいフューシャピンクやオレンジ色のアウターやスカートなど、メリハリのあるカラーパレットが心地いい。DIY風のディテールも健在だ。洗濯バサミでハンカチを吊るしたようなイヤリングや、樹脂加工したアーモンドをつなげたネックレスなど、程よいキャッチーさも上手だ。
シーズンを重ねるごとに大胆な肌見せを増やして大人っぽさが加速する「ジャックムス」だが、決して“いやらしく”ならない健康的な女性の色気を演出できているのがポイントだ。それは、「ジャックムス」のクリエイションの着想源がいつも自身の母親にあることが関係しているのかもしれない。昨年、ジャックムス本人が「セクシーという言葉は好きじゃない。『ジャックムス』ウーマンは知性も備えるセンシュアルな女性たちなんだ」と話していたのが印象に残っている。
また、豪華なセットの作り込みはビジネスの安定も意味しているだろう。今や世界中のセレクトショップに並び、パリの老舗百貨店のギャラリー・ラファイエット(GALERIES LAFAYETTE)には店舗も構えており、ウエアだけでなくバッグや革小物、ブーツやヒールなどのシューズもバリエーション豊富にそろっている。昨年から本格始動したメンズコレクションも評価は高い。デザイナーのジャックムスはまだ29歳。若手デザイナーの中で大きくリードした存在であることは間違いない。そしてセットを見て「カールみたい」と、先週亡くなったばかりで「シャネル(CHANEL)」のショーでスペクタクルな演出を欠かさなかったカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)氏に重ねていた者もいた。