JUN INAGAWA(ジュンイナガワ)の略歴
1999年東京生まれ。小学校卒業のタイミングでアメリカ・サンディエゴに移住し、現地でオタクに目覚める。16歳のときに見たスケートビデオをきっかけにストリートカルチャーへ傾倒し、以降さまざまなストリートブランドやラッパーとコラボを果たす。18年8月から拠点を東京へと移し、連載デビューに向け日々励んでいる
アメリカひいてはストリートシーンにおいて、「ドラゴンボール」や「NARUTO-ナルト-」など日本のアニメ・漫画が大人気なのは言うまでもないが、いま日本人漫画家JUN INAGAWAが世界中のストリートシーンを騒がせているのはご存知だろうか。
現在、渋谷のディーゼル アート ギャラリー(DIESEL ART GALLERY)で個展を開催中の彼は、いわゆる“アキバ系”と言われる美少女をモチーフとした萌え系のイラストを描く19歳の“オタク漫画家”。しかし、彼が他のオタク漫画家と大きく異なるのは、その経歴だ。彼がまだ高校生の頃、インスタグラムに投稿した1枚のイラストをきっかけに、エイサップ・バリ(A$AP Bari)の「ヴィーロン(VLONE)」や人気ラッパーのスモークパープ(Smokepurpp)など、ストリートシーンにおけるビッグネームと、次々コラボ。シーンでも類を見ない異色の経歴を持つ人物となった。
一見、萌え系とストリートは相反するカルチャーだが、いわく「共通する感覚があった」と話す。ストリートシーンにおけるサクセスストーリーから、思い描く未来像とはーー。
WWD:もともと日本で生まれ育った?
JUN:日本で生まれて、小学校を卒業してすぐに父親の仕事の関係でアメリカのサンディエゴに移住しました。父親は日産の車のデザイナー。絵を描くようになったのは、父親の影響です。
WWD:実際に絵を描くようになったのはいつから?
JUN:5〜6歳だと思います。父親が「AKIRA」や「攻殻機動隊」の世代だからちょくちょく見せてくれることはあったんですけど、幼い頃の僕には絵のタッチが独特すぎて苦手で……「クレヨンしんちゃん」や「ドラえもん」、朝7〜9時のゴールデンタイムにやっていたアニメを模写してましたね。美少女の絵に傾倒したのは小学6年生くらいからで、「プリキュア」がきっかけです。
WWD:男の子で「プリキュア」を観るのは珍しいと思います。
JUN:小さい頃からアニメを見ることが当たり前の生活だったので、2次元にも抵抗はなく、「かわいければいい」みたいな感じでした。でも小学生って観るアニメが「プリキュア」か「ドラゴンボール」にわかれると思うんですけど、やっぱり男子で「プリキュア」を観てるのがバレると気持ち悪いって言われるから、「ドラゴンボール」が好きなふりをして誰にも言わないで、影でこそこそ「プリキュア」を見てました(笑)。「プリキュア」は僕の美少女好きの原点です。
WWD:将来像として具体的に漫画家を意識したのはいつ頃?
JUN:小学3年生から思っていて、5〜6年生のときには周りに「漫画家になる!」って言ってました。とにかく絵を描くことが好きだったので、クラスの友達に似顔絵を描いて配ったり、友達を題材にした漫画を自由帳に描いたりしてましたね。
WWD:絵のタッチに影響を受けたり、尊敬する漫画家はいますか?
JUN:あまり「この人!」って方はいないんですけど、描き始めた最初の頃は「アイシールド21」や「ワンパンマン」の村田雄介先生の絵ばかりまねて描いてました。だから僕の絵ってかなり村田先生に似てるんです。村田先生のアメコミ風な影のつけ方と、喜怒哀楽の表情の描き方がすごい好きですね。
WWD:村田先生は他の漫画家よりコントラストが強い印象です。
JUN:白黒はっきりしてますよね。たぶんですけど、アメコミを参考にしているんだと思います。海外の漫画の多くは影の描き方をはじめ、顔も骨格も筋肉のつき方もリアルに寄せた描写なんです。
WWD:それこそアメリカに住んでいたら、マーベル作品などのアメコミにはハマらなかった?
JUN:映画は観るんですけど、漫画には全く興味がないですね。正義が悪を倒すスーパーヒーロー系って人間味がないからあまり好きじゃなくて、逆にアンチヒーローとかブラックヒーローとか人間味のある敵の話が好き。性格が悪い「デッドプール」には親近感が湧きます(笑)。
WWD:絵は独学?
JUN:絵画教室に通ったことはあるんですけど漫画とは全然違うので、人物からデッサンまでほぼ独学ですね。好きな先生の絵を模写して自分の絵に昇華させるみたいな。絵は村田先生っぽくて、趣味が萌え系だから僕のオリジナルのスタイルが生まれたんだと思います。
WWD:人物画のイメージが強いですが、風景画も描くんですか?
JUN:1作品だけですが、今回の個展にも風景画があります。ただビルのようにまっすぐなものを描くのが苦手。ビルなら崩壊したものを描く方が好きですね。将来漫画家になったら、背景はアシスタントの人にお願いしたいです(笑)。
WWD:具体的に“オタク”になったのはいつ頃?
JUN:14〜15歳のときですね。「けいおん!」や「らき☆すた」のように女の子がわーきゃーしているのがすごい好きで、そこから「ラブライブ!」にハマり重症化しました。「ラブライブ!」の映画は鑑賞券のグッズほしさに40回は観ましたね。
WWD:やはり秋葉原にはよく行くんですか?
JUN:秋葉原はただ散歩するだけでも飽きないです。それに、いる人は“分類”が同じだから話さなくてもホーム感があるんですよ。アニメのTシャツを着てても、バッジをたくさんつけてても偏見の目で見られない。外に行く理由が秋葉原、みたいな引きこもりが引きこめる外の空間ってイメージで、新宿や渋谷から近い同じ日本なのにオタクが占拠する違う国って感じ。
WWD:ストリートの世界に没頭することになったきっかけは?
JUN:16歳のとき、引きこもってる僕を見た伯父さんの友達から「JUN、ずっと萌え系ばっかり描いてたら他の作家と同じになるぞ。そんなんでいいのか?」って言われたんです。でも全く気にしてなくて(笑)。ただ思春期だったのもあって洋服に興味を持ち出して、その伯父さんがいつも「シュプリーム(SUPREME)」を着ていたのは知っていたけどそれがなにかわからなくて聞いたんです。そしたら「シュプリーム」と「ファッキング オウサム(FUCKING AWESOME)」のスケートビデオを見せてくれて、「超かっこいい」って衝撃を受けました。
アメリカに住んでるから街やパークでスケーターを見かけることはよくあったんですけど、本来なら滑る場所でもないとこで滑ったり跳んだり、街にある椅子とかベンチの障害物を使ってスケートをする“ストリートスタイル”のスケートをちゃんと見るのが初めてだったんです。決められたコースがない街中で自らコースを描くスケーターを見て、「ルールがないな」って思い、ボードさえあればどこでもスケートできるところに、紙さえあればなんでも描ける絵と通ずるものを感じました。これがストリートカルチャーにハマったきっかけです。ストリートは、それまでアニメとエロゲばっかりだったオタクの僕を外の世界に連れ出してくれたんです。
それから1年くらいスケーターを描くようになり、17歳のある日「ファッキング オウサム」のほぼ全員のスケーターの絵をインスタに投稿したら反響がヤバくて。所属スケーターのケビン・ブラッドリー(Kevin Bradley)やナケル・スミス(Na-Kel Smith)本人からも「お前やべーな!絵、くれよ!」ってDMが来て、ナケルと会うことになったんです。
ナケルとはいろいろ話したんですけど、「ルールにとらわれないってどう?」って聞いたら、「俺はやりたいことをやってるだけ。才能じゃなくて好きなことをやってるだけだから」って言って、ピザをおごってくれました(笑)。たった1日の出来事でささいなやりとりですけど、ナケルと会ったことは今でも鮮明に覚えていて、一生忘れないと思います。彼がいなかったら今の僕がいないと思うくらい大きい存在ですね。
WWD:ショーン・パブロ(Sean Pablo)の「パラダイス(PARADISE)」とのコラボもインスタ経由ですか?
JUN:ショーン・パブロとはナケルの紹介で知り合い、それからさっきの絵をプリントしたTシャツとパーカを売ることになりました。スケートカルチャーに出合ってから1年後くらいのことですね。この間にアニメからちょっと離れて、聴く音楽もヒップホップとかトラップになり、ちょっと悪いのがかっこいいみたいに思ってる調子に乗ったカリフォルニア・ボーイになってました(笑)。
WWD:では、ショーン・ウェザースプーン(Sean Wotherspoon)の古着屋ラウンド ツーの漫画を描くプロジェクトはどこ経由?
JUN:これはショーン・パブロつながりですけど、もともとラウンド ツーにはよく行ってて、話をしているうちに漫画のプロジェクトが進みました。でも実はあれ、発行されなかったんです。というのも、ショップスタッフがヒーローになるストーリーだったんですけど、描き終わった直後にショップスタッフの大半がいなくなって(笑)。残念ながらお蔵入りになりました。
ただ、この漫画のプロジェクトを知った僕と同い年くらいの白人の男の子から、「君の絵が好きだから俺のこと描いてよ」ってDMが来て絵を送ったんです。そしたら、その男の子が実はエイサップ・バリの「ヴィーロン」でグラフィックデザイナーをやってて、バリを紹介してくれました。「怖いなー」って思いながらもバリの家に行って絵を見せたら「お前の絵、気に入ったわ。次のポップアップは任せる」って言われて、去年の2月のコラボが実現したんです。ナケルと会って、パブロと会って、ウェザースプーンと会って、バリと会って、全部繋がってるんです。
WWD:「ヴィーロン」はゲリラ的にポップアップをやることで知られていますが、いつお願いされたんですか?
JUN:本当にギリギリで、オープンの2日前でした。LAでやるから来てって言われて、すっ飛んでバリの家に行ったら「ここに行って鍵をもらって、ここに行けばみんな準備してるから好きに壁に描いてくれ」って。高さが4mくらいで横は10mくらいの巨大な壁だったんで、丸々48時間寝ずに描きました。ポップアップ当日は、言ってしまえば洋服にグラフィックを提供したわけではないのに、洋服よりも壁に注目してくれる人がたくさんいましたね。それに「ヴィーロン」だから超有名なラッパーがたくさん来て、エイサップ・ロッキーには「これ描いたのはアジア人のお前か?俺は『ドラゴンボール』が好きなんだよ」って話しかけられて、リル・ウージー・ヴァート(Lil Uzi Vert)からも「これ誰が描いたの?俺は『東京喰種』が好きなんだ」って言われて。彼らの影響力はすごいからポップアップの間だけでインスタのフォロワーが8000から1万4000まで増えました。このポップアップは、人生のターニングポイントってくらいバズりましたね。
WWD:漫画と壁画では、感覚も規模感も全くの別物ですよね。
JUN:人生で初めて壁に絵を描いたのが「ヴィーロン」のポップアップで、とにかく大変でしたね。向こうが用意してくれた普通のマーカーでフリーハンドで描きました。
WWD:「ヴィーロン」とはたびたびコラボしているようですが。
JUN:フライヤーとかアートワークだけですね。この間もメッセージが来たんで、今後何かあるかもしれないですけど。ミーゴス(Migos)のオフセット(Offset)とカーディー・B(Cardi B)から絵を描いてほしいって言われた、ってメッセージも来ました(笑)。
WWD:グラフィック提供などでアパレルブランドとコラボしたのは、「パラダイス」とヌビアン(NUBIAN)、グレイト(GR8)だけ?
JUN:あとは友達がやってる「ナイトクラブ(NIGHTCLUB)」ってブランドですね。
WWD:好きなブランドは「アンダーカバー(UNDERCOVER)」だと聞きました。
JUN:デザイナーの高橋盾さんを尊敬していて、僕にとっては憧れのボスです。こだわりが一線を超えていて、青山店は流れてる音楽から壁のポスターまで世界観がとにかく好きで、映画を観ているような気分になるからよく行きます。
「アンダーカバー」19年春夏のテーマの1つに“THE BLOODY GEEKERS(血まみれのオタク)”があって、ショーではオタクがよく振ってるサイリウムをトンカチにしたモチーフをモデルが持っていて、「僕の世界観だな」って思ってたんです。そしたら僕の絵で「アンダーカバー」の服を表現してほしいってジョニオさんから言ってもらえて、一緒にお仕事することができました。
WWD:今回の個展会場でもある「ディーゼル」とは昨年、ヘイター(誹謗中傷ばかりする人)に立ち向かうキャンペーン“Hate Couture”で協業していますが、経緯は?
JUN:DJのJOMMYさんと「スワッグ オム(SWAG HOMMES)」の企画で対談したんですけど、これをきっかけに“Hate Couture”に声をかけていただきました。
WWD:それでは今回の個展のテーマを教えてください。
JUN:ここ最近ストリートの世界にいて、漫画の世界から少し離れていたので、本来のJUN INAGAWAに戻りたかったというのもあり、開催を決めました。
まず第一に、誘拐や殺人など女性が絡んだニュースの犯人にオタクが多いのもあって、世間からはまだ偏見の目で見られ、犯罪者予備軍扱いされることが多いんですよね。メディアも何十万人が来場するコミケの会場で、わざわざ濃い人を選んでインタビューしたり、オタクの印象操作をしてる。それでオタクになった14歳の頃から、「そのうち政府が風紀を乱すからって理由をつけて、オタクを世界から排除しようとする流れになったらどうしよう」ってずっと考えていたんです。これが現実になったらヤバいなって。でも逆に漫画にしたら面白いなって考え直して、個展ではこの漫画の第1話の4年前の世界を表現しています。
漫画の世界では、2次元が排除されてオタクの文化がなくなり、オタクは刑務所に入れられ……でも生き残ったオタクが数人いる。生き残ったオタクたちは秋葉原の地下にアジトを作り、闇ルートから手に入れた漫画とかエロゲをやりながら引きこもる。そのうちの1人が主人公のオタクヒーローで、彼がオタク・アナキストとして「隠れてないで戦おう!」って政府に反旗をひるがえすのがおおまかなストーリーです。
作中では、彼が反政府用の魔法少女DESTROYERSとしてアナーキーちゃん、デストロイちゃん、ブルーちゃんの3人を生み出すんですけど、今回の個展ではこの魔法少女たちがテーマになっているものを多く展示しています。
WWD:将来漫画化することを想定した上での開催ということですね。
JUN:連載させていただくことになったら、「あれ?これ『ディーゼル』のときのだ」って繋がるようにしています。今回の個展は、漫画の世界観の実写化と捉えるとわかりやすいかもしれないですね。漫画の世界ではアニソンも禁止されているので、個展でもジャズやクラシックのように日本政府が思う風紀の良い音楽を流していたりと、飾ってある絵を見るだけで終わらないようにしています。
WWD:もし連載にチャレンジできるならどこの漫画誌が?
JUN:「週刊ヤングジャンプ」か「となりのヤングジャンプ」がいいですね。「となりのヤングジャンプ」では村田先生が「ワンパンマン」を連載しているのもあって、憧れているからこそ同じ土俵に立ちたいです。
WWD:今回の魔法少女たちの洋服は、どこからインスピレーションを受けている?
JUN:漫画の中で“アナキズム”が大きくあるので「アンダーカバー」からの影響も大きいですが、ぱっと見ても魔法少女だとわかるようにリボン、スカート、ステッキなどは「まどか☆マギカ」から着想しています。アナーキーちゃんのブーツは、パンクっぽさを出したかったので「ヴィヴィアン・ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」をモチーフにしています。
WWD:個展に来る人たちに一言あれば。
JUN:今回の個展で、JUN INAGAWAのファンがもっとついてきてくれるか離れるか、大きくわかれると思っています。ストリートの世界でファンになってくれた人たちに、「気持ち悪い」って思われるなら思われたままでいい。「キモい」って思うのは自由なので。でも「バカにしないで。そっとしておいて」っていう…...(笑)。
WWD:最後に今後の展望を教えてください。
JUN:漫画家として連載を成功させ、アニメ化までいきたいですね。アニメ化しないと成功だと思っていなくて、今回の個展は夢への第一歩。アニメ化するまで満足できないです。後々の後くらいですが、想像して作るのが好きなので、映画を撮ってみたいとも思っています。