「ロエベ(LOEWE)」のジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)=クリエイティブ・ディレクターは、ショーのたびにお気に入りの場所であるユネスコ本部に異なるアートやクラフトを持ち込んで“ポップアップ美術館”のようなスペースを用意する。彼がキュレーションしたアートとともに見る服やバッグは、知的探求心をそそられる。なぜならそれが単なるアート賞賛ではなく、アートを通じた社会考察だったりするからだ。3月1日にパリで開いたウィメンズの2019-20年秋冬コレクションは、床を黒の寄せ木細工でヘリンボーン柄とし、壁には楕円形のミニチュアのポートレートを飾った。さらに座席には18人のポートレートがシールというおちゃ目な形で用意された。さてその心は?
ポートレートは16~17世紀まで遡ったもので、スコットランド最後の女王であるメアリー・スチュアート(Mary Stuart)やイングランド王チャールズ一世(Charles I)など、イギリス人、フラマン人、フランス人、イタリア人、スペイン人の“ルーツを網羅したもの”だという。現代のヨーロッパ人にとっても多くは“名前は聞いたことはあるが顔はわからない”そうだから、忘れられた有名人である。日本で言えば安土桃山~江戸時代初期の天皇家や武将の肖像画といったところだろう。
「これらは当時のセルフィーだ」とジョナサン。デジタル上に大量に溢れるのセルフィーに対して、アナログな肖像画は結婚式など人生の特別な時に残す、ごくパーソナルなものであったことに思いを巡らせたという。
そしてこの視点は、服に反映されている。ポートレートに見られる当時の王家や貴族の服装のディテールなどが反映され、生地もクラシカルなものがそろう。ただし、時代考察に忠実というよりも、あくまでニュアンスの採用で、結果的に今季の大きなトレンドである、“クラシック&フォーマル”というキーワードにハマっている。
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パリ全体の今季の大きな流れはストリートからクラシック&フォーマルへの移行で、その背景には“ルーツを改めて見直す”動きがある。アイルランド出身のジョナサンの視点は、ヨーロッパのルーツが現在の国境を越えて複雑に絡み合っていることも教えてくれる。もちろん、時代劇の衣装を制作している訳ではないから、登場する服が必ずしも時代考察と合致している訳ではないし、そもそもショーはビジネス目的で開かれているのだが、考えるきっかけをくれるという意味で「ロエベ」のショーは現代アートと近いと言えるだろう。カワイイとかセクシーだけではなく、こういった知的好奇心を満たしてくれる服が好きな女性は日本にもたくさん存在する。今季の「ロエベ」も彼女たちの好奇心を満たしてくれるはずだ。