ファッション

現代ファッションは温故知新か模倣か? パリコレで感じた停滞感と各国メディアの講評

 2月19日に死去したカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)氏の追悼ムードの中、2月25日に2019-20秋冬パリ・ファッション・ウイークが開幕した。逝去のニュースはパリでも大々的に報じられ、現地紙の一面から雑誌の表紙まで、そして書店の棚はいまもラガーフェルドで埋め尽くされている状況だ。死去から数週間経過した今は、愛猫シュペットが遺産約220億円を相続できるのかという陳腐なゴシップ記事が大半ではあるが……。

 偉大な巨匠がこの世を去ってもファッションがとどまることはないが、一度足を止めて過去を振り返るには良いタイミングかもしれない。特に長い歴史を持つメゾンブランドは、アーカイブを引用しノスタルジーを感じさせるコレクションが目立った。ナターシャ・ラムゼイ・レヴィ(Natacha Ramsay-Levi)による「クロエ(CHLOE)」は70~90年代にメゾンのデザイナーを務めたラガーフェルドにオマージュを捧げるコレクションを打ち出した。仏紙「ル・モンド(Le Monde)」のマリー・ソフィー・ナディア(Marie-Sophie N’diaye)は「ロマンチックな森と架空の海といった、魔法のような風景の中を歩き回る女性は、さりげなく官能的なシルエットで再現されている。洋服からジュエリーまで、ミックス・アンド・マッチの手法は現代女性のあらゆる場面に適応する」と評価した。しかし、仏発ウェブメディア「ファッション・ネットワーク(Fashion Network)」のゴドフリー・ディーニー(Godfrey Deeny)は「現代的な女性性や、洗練された自信にあふれるスタイルだが、ラガーフェルドが大切にしていた“つつましさ”は見当たらない。どうやらレヴィは良い塩梅というのを知らないようだ」と少々辛口のコメント。

 マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)による「ディオール(DIOR)」は50年代戦後の英国にいた力強い女性たちからインスピレーションを得て、メゾンのコードと現代的なテキスタイルを組み合わせ、引き続きフェミニストの要素が強いコレクションに仕上げてきた。「ファッション・ネットワーク」の取材に対しベルナール・アルノー(Bernard Arnault)LVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)会長兼最高経営責任者(CEO)は「今までの中でも一番の出来だ。メゾンのデザイナーとして本当に大きく成長していると感じる」と語り、各仏メディアからの講評も上々だった。世相を反映させ、現代女性の心情を汲み取りながら、商業的にも成功を収める「ディオール」の勢いはいまだ衰える様子はない。

 
 エディ・スリマン(Hedi Slimane)による「セリーヌ(CELINE)」は、前季の賛否両論が嘘のように、満場一致の高評価だ。コレクション自体もナイトシーンをテーマにした前季とは対照的に、70年代のブルジョア階級のパリジェンヌのようなスタイルがメインとなった。特にアクセサリーなどは、1945年に創立された歴史あるメゾンのアーカイブの要素を取り入れているようだ。前回スリマンを「一つの芸しかできない子馬」と批判した米ウェブメディア「ファッショニスタ(Fashionista)」のアリッサ・ヴァーガン・クライン(Alyssa Virgan Klein)は「新旧の『セリーヌ』の顧客の買い物意欲をそそる素晴らしい作品。前季から今季の変貌ぶりを“おとり商法”だと言うのはやめておこう。おそらく古くからの顧客の意見に耳を傾け、彼らを優遇した結果だろう」とトゲを含ませつつ称賛した。「ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)」紙のヴァネッサ・フリードマン(Vanessa Friedman)は「ユーモアよりも真面目なことで知られるスリマンだが、今季は前季から続いた壮大な喜劇の“オチ”をつけてきたようだ。前回彼を罵倒した、筆者を含むジャーナリストらの鼻を明かす見事なコレクション。世界が混乱する状況下で先行きを予測して結果を出すのは困難だが、彼はどの方向が正しい道か賭けに出たようだ」と率直に評価した。ストリートウエアからエレガンスへと移行する人々の心を、タイミング良くつかんだスリマンのカリスマ性は、認めざるを得ないのではないだろうか。「セリーヌ」のヨーロッパ市場のセールス担当を務める友人は、スリマンによるファーストコレクションは大幅に売り上げが落ちたが、今季は期待できそうだと胸をなでおろしていた。

 今季も新しいクリエイティブ・ディレクターを迎えて一新したブランドが多々あった。「ロエベ(LOEWE)」「バレンシアガ(BALENCIAGA)」「パコ・ラバンヌ(PACO RABANNE)」で経験を積んだベテランのブルーノ・シアレッリ(Bruno Sialelli)による「ランバン(LANVIN)」、「ボッター(BOTTER)」のラシュミー・ボッター(Rushemy Botter)とリジー・ヘレブラー(Lisi Herrebrugh)の若手デザイナーデュオを抜擢した「ニナ リッチ(NINA RICCI)」、「ジョゼフ(JOSEPH)」に9年在籍したルイーズ・トロッター(Louise Trotter)による「ラコステ(LACOSTE)」。それら全てのブランドが、まるで一種の通過儀礼であるかのように「アーカイブを探求した」と語る。

 現代においてアーカイブは、新しいファッションの先導役を担っているようだ。過去のデザインは遺物ではなく、未来のクリエーションの基盤となる。メゾンにおいて既存デザインの模倣という手法は、ビジネス的観点からも間違ってはいないし、新しさと古さを繋ぐさじ加減は実際難しいもの。しかし、新しいデザインや概念を生み出すというデザイナー本来の創造的欲求が満たされるのか、そして“本質的に新しいもの”が生まれているのか、筆者は疑問だ。本来、懐かしさや親しみよりも目新しさに熱狂し、未来へと向いているはずのファッションだが、リバイバルやアーカイブが幅を利かせ人々が懐古主義へと傾倒するのは、将来への希望が薄いからだろうか?アーカイブが新世代にとって目新しいデザインとして捉えられ売り上げたとしても、本当の意味でファッションが進化していると言えるだろうか?過去は未来よりも魅力的なのか……?

 流行が繰り返すこととファッションの進化は別物だが、その線引きが曖昧になっている。歴史を重んじ過ぎる、もしくは数字に重きを置き過ぎるあまりに、革新的な挑戦ができず、どこか停滞しているように今回のパリコレで感じた。懐かしさに浸り過去の栄光を称えるのは手っ取り早く幸せを感じ自尊心を保てる方法だが、筆者自身はそれに多くの時間を費すのはやめておこうと思う。故きを温ねて新しきを知る。先人の知恵から学んだことは、未来のために活かさなければいけない。たとえ不安定で先行き不透明だとしても、やはり未来に期待をかけて、常に前進したいと思う。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける

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