歴史あるブランドはアイコンと呼ばれるアイテムや意匠を持ち、引き継ぐ者はそれを時代に合わせて再解釈・デザインする。アイコン誕生の背景をひも解けば、才能ある作り手たちの頭の中をのぞき、歴史を知ることができる。この連載では1947年創業の「ディオール(DIOR)」が持つ数々のアイコンを一つずつひも解いてゆく。奥が深いファッションの旅へようこそ!
「ディオール」と日本が深い関係にあることは、創業デザイナーのクリスチャン・ディオール(Christian Dior)の回顧録からもよく分かる。ムッシュ・ディオールは子ども時代を過ごしたノルマンディーにある自宅の1階の風景を振り返り「天井まで届く大きな日本画が階段の壁を飾っていました。そこに広がる歌麿や北斎はさながら私のシスティーナ礼拝堂。何時間もじっくりと眺めていた子どものころの姿が目に浮かびます」と書いており、少年の審美眼を育んだ家庭環境の一角に日本の伝統文化が息づいていたことをその言葉から知る。
ムッシュは、コレクションの着想源としても日本を度々取り上げている。1952年秋冬コレクションではドレスのひとつに「東京(TOKYO)」と名づけ、53年のオートクチュールでは「ジャルダン・ジャポ(日本庭園)」と名づけたアンサンブルを披露。さらに54年秋冬コレクションでは京都の名門・龍村美術織物の生地で制作した「歌麿(UTAMARO)」と名づけたアンサンブルを発表している。同時期には「ディオール」のショーのためにモデルが来日したり、アズマカブキが渡仏したりするなど文化交流も深めてきた。
その後引き継いだ代々の「ディオール」のクチュリエたちもまた、日本から着想を得たコレクションを制作してきた。現アーティスティック・ディレクターのマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)が、2017年4月に「ハウス オブ ディオール ギンザ」のオープンを記念して、17年春夏オートクチュールを「ギンザ シックス」の屋上で開催したことは記憶に新しい。
そして18年11月、「ディオール」がメゾン史上初となるメンズのプレ・フォール・コレクションを東京で開いたことは、 改めてメゾンと日本の関係の深さを印象づけることとなった。メンズアーティスティック・ディレクターのキム・ジョーンズ(Kim Jones)は元々日本通として知られるが、「特に今回は、日本からの影響を強く表現した」という。「僕の“日本愛”や、ムッシュと日本の絆、彼の愛情が生み出した1950年代のものと思われるスケッチ」などの要素が詰まっていると語るキムはそれらに十分な敬意を払いつつ、現代の男性の心を捉える服やバッグを生み出した。2019年プレフォール・ コレクションではアーカイブの要素に加えて、日本人現代アーティスト空山基の作品から着想を得てメタリックな素材使いなどデザインへ落とし込んだ。空山作品である巨大な女性のフィギュアは、演出の要ともなり会場を近未来感で包んでいた。メゾンの歴史に立脚しながら時空を超えて生まれる新しいデザイン。それは、「ディオール」と日本の関係に新しい1ページが刻まれた瞬間でもあった。