ファッション

「ディオール」のマリア・グラツィア・キウリが語るバレエと女性像の絆

 「ディオール(DIOR)」のマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)=アーティスティック・ディレクターは、ローマ歌劇場で3月29日から4月2日まで上演されたバレエ作品「ニュイ ブランシュ(Nuit Blanche)」のために16種類の衣装デザインを手掛けた。音楽家のフィリップ・グラス(Philip Glass)へのオマージュとして制作された同作品は、パリ・オペラ座バレエ団のエトワールやローマ歌劇場バレエ団の芸術監督を務めたエレオノーラ・アバニャート(Eleonora Abbagnato)が出演し、フランス人振付師のセバスチャン・ベルトー(Sebastien Bertaud)が振り付けを担当した。ピエトロ・ベッカーリ(Pietro Beccari)=クリスチャン ディオール クチュール会長兼最高経営責任者は「この作品の衣装制作は、われわれのアーカイブの継承と再解釈を最も素晴らしい方法で表現している新たな成果だ」とコメントし、今後も芸術に関連したプロジェクトを強化していくという。

 マリア・グラツィアに今回のプロジェクトについて米「WWD」が話を聞いた。

WWD:「ニュイ ブランシュ」の衣装制作を手掛ける中で主に課題だったことは?一番の喜びは何だった?

マリア・グラツィア・キウリ(以下、マリア・グラツィア):今回のような、異なる形の創造性が集うプロジェクトに関わることが好きです。それはデザイナーとしての私を成長させてくれる大切な機会であり、またファッションプロジェクトの他の側面や、違ったニーズへの答えにもつながるチャレンジでもあります。「ニュイ ブランシュ」は動きとシンクロし、作品全体のエッセンスを表現する衣装制作の複雑性を考慮した“振り付けの練習”だったと捉えています。「ディオール」と舞踊はお互いを補完し合う存在で、個人的に違うプロジェクトでそのことを実験したことがあります。例えば2019年春夏のレディ・トゥ・ウエアコレクションでは、イサドラ・ダンカン(Isadora Duncan)やロイ・フラー(Loie Fuller)といった先人たちのモダンダンスが着想源でした。今回の場合はクラシックダンスなので、ローマの花が咲き誇る様子をほうふつとさせる、ブランドのアイコニックなドレス“ミス ディオール(Miss Dior)”からインスピレーションを得て明瞭かつパーソナルな方法で解釈しました。

WWD:ローマ歌劇場の制作チームとはどのように協業した?バレエの衣装を手掛けるのは今回が初?

マリア・グラツィア:「ヴァレンティノ(VALENTINO)」のクリエイティブ・ディレクター時代にローマ歌劇団とは協業したことがあります。ソフィア・コッポラ(Sofia Coppola)監督の「椿姫」の衣装をデザインしました。アトリエで働いている人たちは今も昔も並外れて優秀で、全てのアイデアや提案に答えを出す準備が整っています。踊りに関連する仕事は、私の琴線の一番深いところに触れてきます。ダンスは私にとってとても親しみのあるアートの形であり、どんな系統も好みであって、感動しなかったことはありません。私のゴールは振り付けを補完し、ダンスの動きに沿って完璧にその魅力を発揮する衣装を制作することによって、舞台で起こる魔法に貢献することです。

WWD:エレオノーラ・アバニャートはデザインに影響を与えた?

マリア・グラツィア:エレオノーラは私が動作と踊りを通して伝えたいストーリーについて理解し、プロジェクトに真に入り込む手助けをしてくれた欠かすことのできない存在です。彼女とともにパフォーマンスのシネマチックな面を最高の形で表現できる形や生地、色合いについて考え、ローマ歌劇場の人々の技術的かつ芸術的なノウハウがそれらをコスチュームに変換するサポートをしてくれました。

WWD:フィリップ・グラスの音楽やデザインからはどうインスパイアされた?

マリア・グラツィア:彼は素晴らしいアーティストです。彼の芸術的な表現は舞台から映画に至るまでさまざまなメディアにまたがっていて、それは多様性に溢れた特異な才能にとって当然の結果だと私は思います。彼の音楽を聴きながらコスチュームにどんな風合いを出したいかを想像しました。踊りの感情的な部分を完璧に表現するために、ファッションと音楽という2つの非言語的な表現の間にある直接的なつながりを創り出したかった。フィリップは1970年代にローマでミニマルな音楽を用いた実験を始めました。それは振り返ると、ローマが私の故郷であることもリンクして、この前例のないプロジェクトへの参加が誇りに思えるのです。

WWD:バレエでお気に入りの衣装は?どんなジャンルの音楽を楽しいと感じる?

マリア・グラツィア:バレエの表現力を愛しています。偉大なクラシックからコンテンポラリーで実験的な衣装まで、それらは物語を超えてテーマをより広い範囲で捉え、時空を超越する普遍的価値のあるメッセージを伝えようとしています。私の音楽の好みに限って言えば雑食で、クラシック音楽からラップまでどんなジャンルも聴き逃さないように心がけています。音楽は現代を伝える声であり、人生において欠かせないものだからです。それは時代に合ったサウンドトラックを提供し、私たちが感情をより深く理解することを助けてくれます。

WWD:9月の「ディオール」のショーでは会場にピナ・バウシュ(Pina Bausch)の言葉を飾り、イスラエル出身の振付師シャロン・エアル(Sharon Eyal)とコラボレーションした。コレクションをデザインする時は強い女性像を前面に押し出しているが、キャリア面で共通点の多いエレオノーラもその女性像に含まれると感じる。彼女はこのプロジェクトに魅力を感じていた?

マリア・グラツィア:エレオノーラはプロジェクトの核であり、最優先にしたいと一つ一つ全てのことについて考えを提供してくれました。私は彼女の気力と自己犠牲の精神に長い間敬意を抱いてます。エレオノーラは決して歩みを止めず、ゴールに到達するために熱心に取り組む優れたアーティストであり、また次世代の女性たちにとって大きなインスピレーション源です。キャリアがフランスとイタリアにまたがっているという共通点が私たちを引き合わせ、今回の取り組みは素晴らしい経験になりました。加えてパリ・オペラ座の若きフランス人振付師セバスチャン・ベルトー(Sebastien Bertaud)のアイデアがパリとローマの心を通わせています。ローマ出身でフランスの象徴的なブランドで働いている私と、長らくパリで活動しフランスでの経験をとても重要なものと捉えているイタリア人のエレオノーラが彼を引き寄せたのでしょう。

WWD:衣装制作は今後も発展していく領域と考えている?

マリア・グラツィア:コスチュームの制作は独自のルールによる極めて厳格な規律と、そして綿密な研究と注意力を必要とします。また舞台上の出演者それぞれについての深い理解力も求められます。才能あるプロたちとのプロジェクトには関心があり、今回のように複雑で挑戦的なすばらしい機会がもっと増えていくことを望んでいます。

大根田杏(Anzu Oneda):1992年東京生まれ。横浜国立大学在学中にスウェーデンへ1年交換留学、その後「WWD ジャパン」でインターンを経験し、ファッション系PR会社に入社。編集&PRコミュニケーションとして日本企業の海外PR戦略立案や編集・制作、海外ブランドの日本進出サポート、メディア事業の立ち上げ・取材・執筆などを担当。現在はフリーランスでファッション・ビューティ・ライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を行う。

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