ファッション

路上靴磨きから日本一に 24歳の若きチャンプに聞く靴磨きの魅力

 渋谷駅から南西に徒歩10分。地下にひっそりと店を構えるユニオンワークス渋谷店は、知る人ぞ知る靴修理の専門店だ。重厚な雰囲気の店内には、フォトジェニックな靴クリームやさまざまなブラシ、選りすぐりの革靴がずらり。同店は1月から大阪の靴磨き専門店、ザ ウェイ シングス ゴー(THE WAY THINGS GO、以下TWTG、石見豪オーナー)との共同運営となり、靴磨きのサービスも提供している。インタビュー当日に出迎えてくれたのは、笑顔の爽やかな靴磨き職人、寺島直希さん(24)。2月に三越銀座店で行われた「靴磨き選手権大会2019」を制した若きチャンピオンだ。

 大会は46人が参加。昨年10月から勝ち抜き形式の予選を行い、残った4人での決勝が行なわれた。靴磨きの「所作」「光沢の強さ」「光沢のバランス」の項目で審査。寺島さんは予選から全て1位で通過する圧勝だった。

 5年前から京都の路上で靴磨きを始め、日本一までのぼり詰めた寺島さんは、「結果に満足せず、靴磨き文化の普及の担い手になりたい」と前を見据える。大会後は指名の依頼が続々と舞い込んでおり、「自分と同じ世代のお客さまも増えている」と驚く。

 とはいえ靴磨き専門店は、多くの人にとってはニッチでなじみのない存在。メニューは平均して3000~4000円と、路上靴磨きの“身銭稼ぎ”のイメージからすると躊躇してしまう価格設定なのも事実だ。そこで、靴好きの記者がこの日履いていたお気に入りの一足を脱ぎ、“日本一”の技術を体感してみた。気さくな人柄も魅力の寺島さんは、腰掛けたカウンターテーブル越しに、靴磨きのコツや醍醐味を語ってくれた。

WWD:TWTGにはどんなサービスがありますか?

寺島:当日お客さまの目の前で仕上げるその場磨きと、預かりの2択があります。預かりの場合は翌日以降から受け取りが可能です。短靴、ロングブーツ、パンプスなど靴だけではなく、カバンや財布など革製品であれば何でも承ります。最近では、小学生のお客さまからランドセル磨きの依頼がありました。ピカピカに仕上げたところ、大変喜んで頂けました。

WWD:靴磨きの基本的な流れは?

寺島:クリーナーやブラッシングでの汚れ落とし、クリームによる保湿、ワックスでのつや出しです。女性のメイクと同じ流れと考えると分かりやすいですね。

WWD:安い靴や汚れた靴でもやってもらえますか?

寺島:どんな靴でも、新品の時以上に美しくします。汚れの程度にもよりますが、基本的に「来るもの拒まず」でやっています。

WWD:客がスニーカーで来た場合、足元を見て対応を変えますか?

寺島:そんなことはありません(笑)。休日のお客さまはスニーカーでラフな格好の方もいらっしゃいます。僕も「ジャーマントレーナー」や「ムーンスター(MOONSTAR)」などのクラシックなスニーカーが好きです。

WWD:ずいぶん時間を掛けてブラッシングしていますが、なぜですか?

寺島:靴を美しく仕上げる上で、一番重要なのは汚れ落としです。靴は地面のチリやホコリをたくさん被っています。メイクでも、しっかり洗顔しないとメイクののりが悪いですよね。靴も汚れをしっかり落としておくと、仕上がりが全然違ってきます。

WWD:クリームの塗布に指を使う理由は?

寺島:指先で革がどれだけ乾燥しているか分かるからです。状態に応じてクリームの量を変えています。体温によってクリームを温め、浸透しやすくなるメリットもありますね。皺の部分は平行に、それ以外の部分は円を描くように擦り込むといいですよ。

WWD:つや出しの時に気をつけることは?

寺島:ワックスと水、どちらが多すぎてもうまくいきません。どちらも少し足りないくらいがちょうどよいです。慣れてきたら、好みや着用シーンに応じて光沢の強さを調節したり、つま先やかかと、サイドの光沢のバランスにこだわったりすると面白くなってきます。

WWD:靴磨きを楽しむための秘訣はありますか?

寺島:たとえば、ギターの演奏だと考えてやってみることでしょうか。作品(靴)を仕上げるだけでなく、どうやったらかっこよく磨けるかを考えます。靴を磨いていると背中が丸まってしまいがちですから、磨く際に姿勢をしゃんと正す意識をするだけでも全然違います。家で磨いていて、家族からかっこいいと言われたらうれしいですよね。僕もブラシを細かく動かしたり、大胆に使ったりとメリハリをつけて、お客さまに見て楽しんでもらえるよう工夫しています。

WWD:靴磨き職人を志したきっかけは?

寺島:小学2年生から高校まで野球部に所属していたのですが、ずっと大切に使っていたグローブが原点です。中学のクラブチームのコーチがとても道具を丁寧に扱う人で、見よう見まねで手入れをして、珍しがられました。父親が料理人で、いつも包丁を研いでいた姿にも影響を受けました。革靴を始めて履いたのは大学1回生のとき。兄に連れられて行ったアメリカものの洋服店で、「フローシャイム(FLORSHEIM)」を最初に買い、そこから立て続けに「オールデン(ALDEN)」も。当時はグローブと同じ要領で磨いていました。

WWD:卒業後はそのまま職人の道へ?

寺島:当時はスポーツメーカーのグローブ職人になろうと大学進学を目指して浪人しましたが、志望校に落ちてしまい、目標を見失いました。でも、それは自分の将来を見つめ直すきっかけにもなりました。「自分が本当に熱中できること」という軸で職業を選ぼうと考え、一番情熱を注げられると考えたのが靴磨き職人でした。当時、大好きだった愛犬が死んでしまい悲しみに暮れていましたが、その死が後押しとなり、より芯の強い人間になって立ち上がろうと決意しました。

WWD:どうして路上での靴磨きを始めたんですか?

寺島:一つのものに手をかける大切さ、面白さを、もっと多くの人に知っていただきたいという思いからです。(TWTGの)店主の石見に弟子入りを志願したのですが、一度は断られました。それでも諦めず、修行のつもりで大学卒業までの2年半、京都の路上で磨き続けました。路上で磨いていると警察の取締対象になりますから、路上アーティストに見つからない“穴場”を教えてもらい、点々としながらやっていました。一日40足近くを磨くこともありました。

WWD:両親は反対しませんでしたか?

寺島:快く送り出してくれた2人には感謝しています。大会当日も朝一番の電車で、東京まで見に来てくれました。優勝した姿を見せることができて、感極まってしまいました。

WWD:目指すは世界一?

寺島:革靴の本場といえば欧州ですが、実は、日本の靴磨き職人は世界でも群を抜いてレベルが高いです。海外では革靴全体を光らせる傾向がありますが、さまざまな角度からの見え方、光沢のバランスにまで気を遣えるのが日本の職人です。そのような精鋭が集う大会で優勝できたことで、一つの目標が達成できたと考えています。今後は靴磨き先進国を代表する職人として、靴磨きを当たり前の文化として普及させる担い手になりたいです。

WWD:靴磨きを普及させるチャンスはありますか?

寺島:ファッション界ではクラシック回帰が始まっていますし、革靴を履く人も確実に増えてきています。トレンドをきっかけに、革靴そのもの、ひいては靴磨きの魅力にどう触れてもらうかを考えています。現在、20代のお客さまは1~2割くらいですが、靴磨き講座などを定期的に開きながら、地道に普及させていこうと考えています。

WWD:靴磨きのマーケットとしての可能性は?

寺島:女性の方がもっと革靴を履くようになってもらえたら、大きく変わるのではないでしょうか。講座に参加してくださる女性は「旦那さんの靴を磨くために」という方も多いのですが、最近は、高感度な女性の間で人気の「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」の足袋型のブーツの磨き依頼などもちらほらあります。入り口は何でもいいので、もっとたくさんの女性に革靴に興味を持ってもらえたら。妻の目を気にして、高い靴を買えないという男性の方もたくさんいると思いますから(笑)、今後も女性にアプローチしていきます。

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