なぜ、「サカイ(SACAI)」は世界で評価され続けているのか?その理由のひとつは、デザイナーの阿部千登勢が、自分自身をアップデートし続けているからだと思う。女性デザイナーが作る服は、デザイナーのし好がストレートに反映されることが多い。だから“好き”が時代とマッチしている時は良いが、ズレてもなお“好き”を貫く時、簡単に言えばブランドはファンとともに歳を取ってゆく。それはある意味幸せなことだろう。ただし、新しいファンを獲得するのは難しくなる。実際、デザイナーが一定の年齢になり、そこでブランドの“更新”が止まるケースをたくさん見てきた。
そういった意味で、今年20周年を迎える「サカイ」と阿部千登勢は一向に更新を止める気配がない。彼女の肌や髪は常に手入れが行き届いている、なんてことはデザインと関係がないようでいて実は大いに関係あると思うが、それはさておき、ビジネスに対する姿勢だけを見てもアップデートの様子がわかる。今春、パリに開いたポップアップストアが良い例で、今後は旗艦店がない欧米やアジアの主要都市に順次オープンするそうだ。パリの店の前で「こういったことをやっていきたいの」と話す阿部の目は輝いており、新しい売り方の開発はデザインと同じくらいクリエイティブな仕事なんだと改めて思った。
創業当時と比べると、「サカイ」の服は複雑になり、大きくなり、高価になっている。“日常の上に成り立つデザイン”をコンセプトに掲げる「サカイ」だけに、阿部自身が見る世界が20年前とは比べ物にならないくらい広がっているのだから当然だろう。
2019-20年秋冬コレクションでも、新たな野心を見せていた。ベースは実用的なアイテムで、それを重ねて絞ることで新しいカタチを生む。手の込んだパターンと素材やディテールで構成される服はクチュールのドレスのようだ。オーバーサイズのトレンチの上に小さなダウンのパーツを重ねたコートが代表的で、ベルトでキュキュット締めるとドレスを着ているような感覚になる。
パリのクチュールメゾンではお針子たちがデザイナーの発想をカタチにしてゆくように、「サカイ」のアトリエではパタンナーたちが阿部の発想と要求を試行錯誤しながらカタチにしていく。パタンナーたちの技の向上もまた、「サカイ」が更新を止めないひとつの理由なのだろうとコートに袖を通して考えた。
秋冬コレクションでは、抽象画家ジャクソン・ポロックにオマージュを捧げた柄を用いたアイテムも登場した。ポロックの作品ではなく、スタジオの床に残された絵の具が飛び散った様を柄に用いていたものだ。画家の情熱の過程をデザインに取り入れる、その発想にもまた、阿部の立ち止まらない情熱を見た。
以前、「WWDジャパン」からの「ファッションビジネスにおける“努力”とは?」という問いに対して阿部は、「私の場合は“諦めない”こと。諦めずに貪欲に考えます。本当にしつこくて、私はそれを努力と呼んでいます。ブランドや洋服のことをずっと考えているし、追求している」と話していた。止まらず、ずっと貪欲に考え続ける。それも才能のひとつなのだと思う。